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穴だらけのソファーに腰掛け、まずは私が犯人の異様な行動を説明した。NSと記されている錠剤は、荒っぽく口に放り込んだから落ちたのだと。
エルピスの方も、本当にこの錠剤を犯人が落としたのなら、誰がやったのか見当がつくと言う。
「ボクの事務所で話した通り、ヒカルはマフィアの中からレクレールという別名で警察に犯罪者たちを知らせていたよ。二十代の前半から、君の母、ソフィアと結婚する四十手前までね。大体そこら辺で、ボクも拾われた。だから、犯人とヒカル、そして君の母、ソフィアとの関係も知っている」
「お母さんも、この一件に絡んでいるんですか?」
「絡んでいるとも言えるし、ある意味一番安全な位置にいたとも言える」
どういうことなのか。エルピスは拾った錠剤を長机の真ん中に置いて説明した。これは「特注品」だと。
「ヒカルとソフィアが出会ったのは、ロシアにあるクレムリンだ。ボクを連れていたヒカルは、組織の命令でロシアでの仕事を請け負っていた。もちろん、本当に誰かを殺したりとかはしていない。「表向き」は仕事をこなしたことにして、ターゲットや品物を逃がしていた」
エルピスの語る父の過去は、巨大組織の中で、誰よりも賢く立ち回った正義の使者のようだった。殺せと言われた相手を、別のルートでコンタクトを取り、顔と名前を変えて逃がしていたり、運ぶはずの薬物は金を握らせて「受け取った」と相手に言わせていたり。こんな難しい行いを、父は二十年近く続けていた。
その一つ。モスクワのクレムリンを訪れ、フリーの殺し屋に依頼をしに行った際に、母と出会った。
「なにもかもが、ここに収束するんだ」
エルピスそう言って、人差し指を立てる。父と母が出会い、依頼をしにいった相手こそが、今回の犯人だと。
「まず一に、これは精神安定剤と頭痛薬のハイブリットだ。ヒカルが依頼をした、No Shadow 。「NS」という名で恐れられていた、だれも影すら踏めなく忽然と姿を消す殺し屋の物だ。奇しくも、君の「影なし」というあだ名とよく似ている」
話が逸れた。エルピスは咳ばらいをすると、父が強硬策に出たと言い出した。
「当時、ソフィアはNSに監禁されていた。心の底から愛していたらしいけれど、歪んだ愛情だね。そこから逃げ出して、少しでも人の多いクレムリンまでやってきた。困った様子のソフィアにヒカルが声をかけて、この三人が繋がってしまった」
「強硬策、というのは?」
「その名の通りだよ。ヒカルは自らの正義に従って、ソフィアを助け、NSを警察に知らせようとした。でも、組織を欺きながらでは限度があった。だからヒカルは――NSを撃ち殺したんだ。組織には、襲われたから反撃したっていうことにしてね」
それを機に、父はマフィアを辞めて、母と結婚。母国である日本で探偵事務所を開業して、数年後にエルピスは孤児院に預けられ、私も生まれた。
それが今になって、死んだはずのNSが現われた。
「そこに転がっている薬莢だけれども、とても収束性の悪い粗悪品のマシンガンに使われるものなんだ。仮にNSなら、確実に殺せる代物を用意できる。だけど、実際に使われたのはその粗悪品で、ばらけた弾丸の一発が……」
「――母に当たり、NSという人は、かつて愛した人である母を撃ったという計画外のことに狼狽し、薬を飲み込んだ――その一粒がここに残っていた。父は、撃たれて死にそうになりながらも、それを見逃さなかった」
すべてが繋がったように見えて、繋がっていない。NSは、父が殺したはずの殺し屋なのだから。
「……ボクを呼んだ理由は、そういうことかい。どこまでも底が知れない人だったね、ヒカル……さて、アリス。どうやらこの一件は、犯人を見つけて特定したから終わりってわけじゃなさそうだね」
死んだはずのNSによる、ありえない父への復讐。死人に口なしとはよく言ったもので、父からもNSからも、何一つ語られない。
だが、父はマフィアに身を置きながら正義に生きた人物だった。そして二十年間、探偵として、悩める人や警察の助けとなってきた人でもある。
「今になってようやく、警察が父に何も言えなかったことがわかります」
裏にも表にも顔が訊き、経験豊富の元マフィアの名探偵。警察がどこまで知っていたかはわからないが、少なくとも、一般人とは扱えなかったのだろう。
「父の書斎には、数えきれないほどの書類やデータがあります。その中に、今回の事件に関係する手掛かりがあると、私は思います」
根拠は、と訊かれてすぐに言い返す。どんな些細な事でも、データに残し、そこから過去も未来も予測してきた名探偵だからと。
「私たちが知るべきは、まず、NSという人物の生死です。生きていたのなら、なぜ未然に防げなかったのか。なぜ、知らなかったのか。死んでいたのなら、だれがやったのか。そこから私が推理します」
推理。そう聞いて、エルピスは悪だくみをする子供のように微笑んだ。
「それじゃ、君はシャーロック・ホームズというわけだ。それでボクはワトソンかな。推理は君に任せるよ。代わりに、NSだろうと誰だろうと、仇はボクがうつ」
すぐに解散すると思っていたチームの存続が決まった。私たちは手を取り合い、父の書斎からありったけのデータ類を持って、アインヘルムに戻る。この事件を捜査するために。
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まずはジェイムスに電話した。普通なら警察に電話を掛ければ「事件ですか事故ですか」という決まり文句から始まるのだが、ジェイムスという個人なら話が違ってくる。父や母と交流があり、なにかと無理難題を押し付けられてきた人だ。警察内部でも幹部に名を連ねる一人なので、父は目をつけたのだろう。
私のコールを、たぶん待ちかねていただろう。ようやく捜査していいのか。開かずの扉の先に踏み込んでいいのか。いろいろと期待を寄せていただろう私の頼みは、これ以上の捜査をやめてもらい、事務所内の清掃を依頼するものだった。
入ることはできる。しかし、捜査はしないでくれ。まったくもって無理難題だが、父の過去をほんの少しでも知った今、断れないだろうと確証を持っていた。案の定、ジェイムスは通話越しでため息をつき、部下を向かわせるということだけで、話は終わった。
あとは、持っていける限りのデータ類をアインヘルムに運ぶだけだ。ここが、警察に任せられないポイントでもある。父に対して、一般人以上の相手としていた警察でも、過去はマフィアでした、などと知れたら犯罪者になってしまう。
事実としてマフィアだったが、正義に生きたマフィアだ。そういう伝わりにくい細かいことを、警察はなかなか理解してくれない。父の尊厳を守るため、そして私たちの手で決着をつけるため、引っ込んでいてもらうことにしたのだ。
「……これ、二人で調べるのかい?」
警察へのお願いを済ませ、父の書斎から運んできたデータ類をアインヘルムの長机に並べたわけだが、エルピスはゲッソリとしていた。
父は衰退した紙媒体からUSB、PCなどにも仕事のデータを残していた。どんな相手と、どのような案件で、何の調査をしたか。
それと、過去の事もある。おそらくレクレールを名乗っていた時に通報した悪人たちのデータもあるのだ。そのすべてを持ってきたわけだが、必要な情報はごく一部だ。
NSに関するデータ。私たちはそれを求める。エルピス曰く、父ならNSが生きていた場合、居所を知らないでいるわけない。長机にPCを立ち上げ、紙媒体はクリアファイルを年代別に並び替え、USBをさしては、中に含まれているデータを吟味して、必要か不必要かで分ける。
とはいったものの、父が二十代のマフィア時代のころから探偵業をしていた六十代までのデータがあるわけなので、とてもではないが一日では不可能だ。
二人がかりでも数日はかかる。エルピスはエナジードリンクを何本も飲みながら紙媒体を分けていたが、一時間もすると、その多さに根負けしてソファーに寝転んだ。
「ボクの仕事は現場なんだよ。撃ち合いとか殴り合いならいくらでも出来るけれど、こういうのは専門外だ」
グテッと寝ながらエナジードリンクの缶をゴミ箱に投げたエルピスへ、私はUSBに最近の父が残していたデータを漁りながら、休んでいてもかまわないと言っておく。
「NSについて父が知っているとするならば、生死や居場所もどこかに残されているはずです。エルピスさんには、その後の仕事を任せることになると思いますので、今は私に任せてください。今の私は、シャーロック・ホームズみたいですからね」
犯人を見つけて、殺すにせよ捕まえるにせよ、その時にはエルピスというガンマンが必要だ。たしかワトソンはシャーロック・ホームズの友人の医者だったので、ガンマンではないのだが。
「もしも、そのNSという人が生きていた場合、勝てますか」
そこがエルピスの行う主な仕事なわけだが、勝てるかどうかわからないと、エルピスは不安そうにしている。
だが、私はそうは思わない。事務所からの帰り道で聞いたNSは、生きていればもう七十歳に迫っているお爺さんだ。父と出会った時はNo Shadowなどと呼ばれていたのだろうが、老いたのならば話は別だ。若く、自分なりの戦い方を知っているエルピスならば勝機はあるだろう。そこに私が加わるのかは、今はまだわからないが、勝率は高いはずだ。
NSのデータと、それによって発生する事象についての検討。その二つを心に抱きながら、ひたすらにキーボードをたたき、マウスのカーソルを一つ一つのファイルへと向けていく。こうして調べてみてわかったことだが、父はとても神経質だ。
探偵として、推理と調査の結果的に逮捕された相手について、刑期から執行猶予、はては出所後の動向まで調べて残してある。ここまで神経質になる理由は、単なる身の安全だけだからだろうか。きっと違うと、クリアファイルの上に置いたコーヒーカップを口に運んで、そう思う。
ジェイムスとの会話では、探偵も恨まれると思っていた私だが、調べるうちに、考えが変わってきた。
探偵に犯罪がばれた場合、恨まれるのは、父も含まれるだろうが、やはり一番は被害者だ。どのような犯罪でも、被害者と加害者はいる。刑期を満了するまで、監獄の中で被害者への恨みを積もらせていく加害者がいてもおかしくない。
何らかの恨みや嫉妬、怒り、悲しみ――犯罪を起こすということは、被害者に対して、それらだけでは語り切れない感情があるのだ。警察に捕まって裁判で裁かれても、感情までは裁けない。まだ、自分の犯罪は終わっていない。
そういう犯罪者たちが、探偵を恨むとは考えづらいなと変わってきたのだ。犯罪が露見したということに探偵が絡んでいても、その後に手錠をはめるのは警察で、罰を決めるのは裁判官と陪審員だ。探偵は、そういった犯罪を起こしてから監獄に送られるまでのプロセスの一部に存在しているだけなのだから。
しかし被害者はその中に入らない。父は、依頼人の仕事が終わった後の安全まで守ろうとしていたのだと、膨大なデータを読み解いていくうちに理解した。そこにあるのは、警察官だった頃から変わらない「正義」の心だ。その心に付け加えて、様々な知識や経験がある。
たった一時間調べただけでも、頭の中に、知らなかった父の在り方が鮮明に描かれていく。
だからこそ、NSなり別の誰かなり、そういう脅威に対して何か対策を取っていると断言できる。警察とも裏の世界ともつながりのある父ならば、いくらでも対策を練れただろう。あんな簡単に殺されたりはしないはずだ。
なら、何をしていたのか。それを知れたら、居場所も犯人も割れる。たったそれだけを知るために、私はデータの海を泳ぐ。
「ねぇ、ちょっと疑問に思ったんだけれどもさ」
ふと、エルピスがソファーから起き上がり座りなおすと、疲れた顔で私を見る。PCから顔を上げれば、帰り道でたくさん買いなおしたパーラメントに火をつけていた。
「君、この二週間どうしてたの」
そんなことか。私は再びPCへ視線を落とすと、葬儀や母の入院手続きなどで忙しかったので、新宿のホテルにいたと答えた。
「二週間ホテル暮らしとは、リッチなことだね」
「とてもではないですが、安らげませんでしたけどね」
「ヒカルもソフィアも、そういうところは分厚かったけれど、君はまだまだなのかな」
「これでも普通の大学生なんですよ。一般的な二十一歳の女子大生なんです」
「普通の女子大生は、父親が殺されて母親が意識不明の重体で入院していたら、葬儀の手続きとかは出来ないよ」
反論は難しいようだ。しかし言われてみれば確かに、これだけの惨事の後で、私は私を失わず冷静に目の前にある物事へ対処してきた。こんな掃きだめにまで来て、裏の仕事をこなす相手と協力までしている。
「両親のおかげだと思います。銃の撃ち方だけではなく、年齢に合わせて、まるで宿題のように自分と向き合うように教え込まれてきましたから。何があっても落ち着いて、物事を俯瞰的に見て、覚悟を決める。今にして思えば、この多国化の進んだ時代を真っ直ぐ生き抜いていくための処世術なんでしょうね」
「なるほど。あの二人は立派に「親」になれたわけだ」
エルピスがパーラメントを灰皿に捨てて、また新しいエナジードリンクを冷蔵庫へ取りに行こうとしていたら、突然外から銃声が聞こえた。思わず頭を抱えたが、エルピスは気にしていないのか、もう何本目かわからないエナジードリンクを開けていた。
「あの、今、外で……」
「ん? ああそうだね。誰かが死んだんじゃないかな」
さも当たり前のように口にするエルピスの感性がおかしいのか、私がこの場にふさわしくないのか。とにかく誰かが撃たれたのなら、それ相応の処置が必要だ。おっかなびっくり扉へと行こうとすれば、「やめておいたほうがいい」とエルピスが呟く。
「ここは警察や犯罪防止アンドロイドが見張っている君の世界とは違う。一日に何人も死んで、薬物依存になって、女性が襲われる世界なんだ。この事務所は、どの窓も扉も、手榴弾でも壊れないようになっているから。中にいれば安全だけれど、外に出たら流れ弾で死ぬかもよ」
「で、ですが、撃たれた人を、せめて病院くらいには……」
「ここには無免許でバカみたいな値段を要求してくる医者か、違法薬物を売ってる薬剤師しかいない。その両方とも、どこかの組織が背後にいるか、手を出してはいけない人に匿われている。残念だけれど、撃たれた人には死んでもらうしかないね。せめて、撃ち返すだけの根気があればいいんだけれども」
そんなことを聞いていたら、もう一発耳に響いた。
「根気、あったようだね」
恐ろしいところに来てしまった。仕事の依頼が済んで、やるべきことが見えてきてから、ようやく自分のいる場所の危険性を知る。今もカバンにコルトはしまってあるが、そんな物だけでは無意味だ。人を撃つ覚悟も決まっていないのなら、ここを出るということは、殺してくださいか、犯してくださいと言っているようなものなのだ。
「あの、追加で依頼を頼みたいんですが……」
ん? と、机の上にある資料を手に取っていたエルピスに頼む。横浜のホテルまで護衛してくれないか、と。
「あー……ダメだね。もう時間だ」
時間? と聞き返せば、アンティークな時計を見るように言われる。よく手入れのされている時計の針は、夜の六時を指している。
「何年前だったかな。スウィープの近くにあるビルに住んでいた人たちがね、みんな揃ってデモを起こしたんだ。夜くらいは安全を保障してくれってね。事実、スウィープに隣接しているビルの値段は半額以下なんだ。いつ、銃弾やらロケットランチャーが飛んでくるかわかったものじゃないからね。でも、そういうのを承知で住むことにしても、気に入らなければ駄々をこねるのが人間の性だろう? デモは長いこと続いて、仕方がないから、横浜の警察がアンドロイドと一緒に夜の六時以降は見張るようになったんだ」
そのあとは簡単だった。人と車の出入りは管理され、銃器の類を持っていては、スウィープを出られないことになった。
「ゴッドファーザーのコルネオーレファミリー並みに巨大な組織なら、裏金でどうにかなるけれど、ボクみたいな若輩者じゃ通してくれないだろうね」
ついでに、スウィープには安全に寝泊まりできるホテルはないらしい。どこも破格の安さだが、いつ強盗に入られても襲われてもおかしくないそうだ。
そこまで説明して、エルピスは悪い笑みを見せた。空になったエナジードリンクを放り投げると、扉の近くで固まっていた私に歩み寄る。
「いいんだよ? ここに泊まっても。お風呂もシャワーもあるし、空調はもちろん、ふかふかのベッドだってある――」
そうして舌なめずりをすると、固まっていた私の耳に、フッ、と吐息をかける。
「なに、はじめは誰だって緊張するものさ。体は固くなって、動悸が激しくなる。でも、そこがほぐされてごらん? 新しい世界が見えてくるよ……清く、甘く、苦い。一度味わったら、もう逃れられないほどの快楽が待っているんだ」
エルピスの指が、私のお腹に触れる。言葉に続くように、その細い指は撫でるよう腹から下半身へと伝っていく。それがアソコに届こうとしたとき、なんとか両手で離せた。
「ごめんなさい。わ、私は、その、一生を添い遂げる相手と出会うまで、て、貞操は保っていると誓っていまして……」
「貞操は守られるさ。ボクは、女だからね」
「だから、その……」
頭がパンクしそうだ。両親から授かった処世術も、こんな場面は想定していなかったようで、解決策が見いだせない。
顔を真っ赤にさせたまま、両手で自分の胸を抱いていたら、エルピスが低い声でケラケラと笑った。
「その気があったなら大歓迎なんだけれど、ない相手を無理やり状況に任せてっていうのは好きじゃない。お風呂もシャワーも好きにするといいよ。ベッドも、寝室がもう一つあるからそこにあるのを使うといい。着替えは――ボクのじゃ小さいか……こんな体だからね。それに関しては、非常に残念だ」
一日くらい、着替えはなくてもいいと言おうとしたら、「あ!」と、エルピスがなにかに閃いた。
「あるよ、一般的なサイズの着替え。下着も含めてね」
「その、失礼を承知で聞くんですが、なぜあるんですか?」
「ボクと彼女との甘美な日々は話せば長いね。でもよくあるだろう? 別れた彼氏の部屋に、着替えとか残したままになるってこと。それと似たようなものさ――胸のサイズは、たぶん合わないけれどね」
いろいろと立て込んだ事情があるおかげで、この汗ばむ初夏に安全な寝床と着替えを気にせずに済むわけだが、一応言っておく。
「胸はコンプレックスですから。一緒に仕事をするうえでは、触れないでください」
「物理的にかな?」
「どっちもです!」
わかったわかった。エルピスはなおも笑いながら、アインヘルムが騒がしくなったことがうれしいと微笑む。
「ボクみたいな女を引き取ってくれる男は、いたとしたら相当の変態だからね。しばらく女もいなかったし、仕事もそこまで引き受けていなかった。だからかな、冗談が言える相手がいて、楽しいよ。おまけに美人だしね」
考えてみれば、エルピスはこんな物騒なスウィープで一人ぼっちだったのだ。いくら育ってきた環境が環境でも、一人の女の子なのだ。寂しくもなるだろう。冗談はあまり笑えなかったが、これからは共に犯人を追う仲間。親睦を深めておくのと、一宿一飯の恩義は果たさなくてはならない。
なら、自分に何ができるか。エルピスとの共通点を探して、壁に置かれた棚に収納されているDVDを目にする。
「あの、調べる休憩ということで、映画見ませんか? フォレスト・ガンプはもう見たことがあるんですが、まだまだ見たことのない映画はたくさんあるので」
映画。そう聞いて、エルピスは意外そうな顔をしていた。
「そりゃ、そこの棚にDVDはたくさんあるし、ネット会員だから好きな映画を見られるけれど、ボクは古い映画しか見ないよ?」
「私も父の影響で古いほうが好きなので。頭を使う仕事の後に、頭を使わなくて済むようなコメディー映画を見ませんか?」
コメディー。エルピスは顎に人差し指を当てて考えると、思いついたようだ。
「だったら、天使にラブソングをだね。ああいうのは、誰かと笑いながら見るのが一番だから」
どうやら趣味は合いそうだ。これからの陰惨になるかもしれない事態を前に、笑っておくのは大切だろう。
「それじゃ、部屋を案内するよ」
エルピスの小さな背中に連れられて、アインヘルムの中を回り始める。なんだろうか、この感覚は。これがもしかしたら、友達というやつなのかもしれない。
悪い気はしなかった。