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7 ルピナス:貪欲

 東条晃は東条グループの跡取りである。


 そして、『花食み』でもある。


 むしろ『花食み』こそが晃の本質であり、常に『花生み』の生み出した『花』を欲していると言える。

 小さな頃から「優秀だが、精神的に不安定」と評価され続け、ずっと 何か(『花』)を求めていた。

 常に喪失感が胸を占め、ひりつく様な飢餓があるのに食事では満たされない。


 その時の晃は、限界が近く、本当に頭がどうにかなってしまいそうだった。

 だが、五歳のある日転機が訪れる。


 使用人の娘が屋敷の隅で泣いていた。

 その娘は頭に小さな花の飾りを付けていた。

 何故泣くのか尋ねると「みんなが頭に花が咲くのはお前が馬鹿だからだって笑うの」と返ってきた。

 晃はなぜか胸がドキドキとして、その花がどうしても欲しくなった。


「その花を取っちゃえば誰も馬鹿だって笑わなくなるだろ」


 そう彼女にも自分にも言い聞かせて花の飾りをちぎり取った。

 本能的に彼女から咲いている花だとわかっていたから邪魔されないように力一杯に引っ張った。

 ちぎられた少女は痛みにまた泣き出したが、晃はそんな事はどうでも良かった。


 手の中にある小さな『花』。

 子供の晃の親指の爪程しかないそれが本当に、本当に、美味しそうで。

 パクリと口に含んでしまった。


 途端に身体に染み渡る旨味と充足感。

 小さな晃はそれを母に話した。

 とても素敵な体験であったから。


 それが原因で、母親が、自分を、嫌悪するなど、微塵も疑わずに。


 その後世間では全く知られていない体質の『花食み』だと診断された。

 遥か昔から存在していたらしいが、記録としては海外で数件報告されているのみらしい。

 父は『花食み』に詳しいという研究者を晃に付けた。

 それ以来、晃は『花生み』を囲って生きる事になった。


 しかし、現在東条家に囲われている『花生み』は晃とは相性があまり良くないのか、生み出す量が足りないのか、常に栄養不足だ。

 小さな晃であれば数日を賄えたあの花も、今では一日分にも満たない。


 ここ数年、ずっと栄養不足で、小さい時に感じていた喪失感も日に日に酷くなっていく。

 渇望、と言っても構わないであろう本能の欲求を持て余していた。

 イライラと、気持ちがささくれ、全身を襲う倦怠感。

 何よりも『足りない』と腹の底から訴えてくる『花食み』の本能。


 自室のベッドにだらしなく寝転がり、飢餓にうめく。

 食事を摂ってはいるものの、『花』を食べた時の充足感には遠く及ばない。

 腹を抱えて小さく丸まっているとふと、ある香りに気がついた。


(何か、良い匂いが、する……)


 なんとも言えず爽やかで甘い香りが鼻腔を擽ぐる。

 初めて『花』を食べた時の様なソワソワと落ち着かない心持ちだ。


「失礼致します」


 ノックもなく扉が開き、浩二が入ってくる。

 でも、そんなことはどうでも良かった。

 晃の目は浩二の持つ物に釘付けだ。

 その手にある、皿の上に載ったとろりと濃い存在感。

 甘く、逆らう事を許さない香り。

 直径十センチ程のバラとも牡丹ともつかない八重咲きの『花』。


 何も言われずとも判る。

 全身がそれを『食え』と言っている。


 気が付いたらその素晴らしい『花』は既に無く、身体中に染み渡る充足感と、己から漏れるうっとりする程に素晴らしい香り。

 自分に足りなかったものはコレだと理解出来る。


「コレ、どうやって手に入れたワケ?」


 晃自身、自分でも驚く程に低い声が出た。

 手はなぜか浩二の襟首を掴んでいる。

 浩二の口からは微かに空気の漏れる音しかしない。

 苦しそうに眉間に皺が寄り、顔色がどんどん悪くなっていく。


(もっと欲しい、もっと、もっと、もっと)


「全部、食べたい」


 浩二の服から『花』の匂いがする。

 顔を寄せて、匂いを嗅ぎ、反芻する。


(あぁ、なんて、いいかおり、なんだ……)


 脳内が、蕩けるような、痺れる様な、甘く蠱惑的な香り。

 こんな匂いを付けている浩二は、絶対に知っている筈だ。

 この、『花』の、主を。


「そぉか、……温室。『花生み』、だもんなぁ、温室、だよねぇ」


 晃の口角がニマリと引き上がる。

 ゲホゲホと噎せる浩二を放り出して晃は走り出す。


 涼菜の恐怖の日々が、始まった。

 ここからが、スタートです。

 涼菜、頑張って。

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