48 リナリアのタッピング : 乱れる乙女心 前編
お風呂から上がると食事の用意が出来ていた。
かなり長い間放心していたらしく、窓の外は真っ暗だった。
宿題などは後に回してまずは食事を摂る事にする。
今日はキノコのグラタンやさつまいもと鶏肉の煮物など、秋の味覚が満載だ。
自分の顔より大きなグラタン皿から直接フォークで掬って食べると、口の中に幸せが広がる。
もくもくと食べていると瀧本から「食後に話がある」と言われた。
ひとつ頷いて、残りを食べ切った。
食後のお茶とお茶請けが出され、瀧本の話を聞く。
かなり言いづらい内容の様で、瀧本の口が重い。
それなりの時間を要した後、放たれた言葉に耳を疑った。
「つまり、どういう、事、でしょうか?」
「今までは涼菜様が眠られてからタッピングをしていましたが、そろそろ起きた状態で受けてみませんか、と申し上げました」
タッピング?
なんか前にも聞いた気がするけど、それ何?
「あの、タッピングってなんでしょうか?前にも言葉だけは聞いた気がするんですけど……」
「有体に言えば『口付け』ですね。キスと言った方が涼菜様にはわかりやすいでしょうか?」
は?!キス?!
何がどうしてそんな話に?
全く意味がわからない。
「正確には“唾液の譲渡”の為の口付けです」
「だえき……っ!!?」
唾液の譲渡?!?!
え?!そんな事聞いてないよ?!
てか今寝てる時にしてたって言ってたよね?
え?!了承を得ずにやってたって事でしょ?!
私のファーストキスは?!
「以前聞かれたと思いますが、『花生み』にとって『花食み』の“体液”が一番の栄養となりますので…」
申し訳なさそうに眉を寄せる瀧本に目の前が真っ暗になった。
そうだね、確かに唾液は体液だよね。
そんなアレな方法で摂取するとは思ってなかったよ。
「ハッ!まさか……っ!」
もしかしてあの夢だと思ってた初日のキスの夢って……現実だったって事?!
え?!は?!?!はぁーーーっ??!!
私は座っていた椅子から崩れ落ちた。
結局瀧本に言いくるめられ、体感初の(過去寝ている間に何度もされていたらしいがそれはノーカンって事で!)タッピングを受ける事になった。
タッピングと言えば少しだけ恥ずかしさが軽減するが、実際にはキスである。
あの東条と、キスするために、キスをする為だけに、今ここで待っている、という現実が大変に心を乱れさせる。
(これは医療行為、これは医療行為、これは医療行為、これは医療行為……)
心の中で何度医療行為だと言い聞かせても気持ちは落ち着かない。
瀧本に促されるままに寝室に入る。
“普段と同じ様に”する為、リクライニングソファーに腰掛けて東条におまかせする事で合意させられた。
普段は気にしないソファーの軋む音にさえびくりと心臓が跳ねる。
そろそろと背もたれに身体を預けた。
小さな機械音をたてながらソファーが倒れていく。
(う〜〜〜っ!緊張するーーーっ!)
お腹の上に乗せて組んだ指に無駄に力が入る。
それは自分の指とは思えぬ程に冷たく手汗で湿っていた。
「それ程に緊張する必要はございませんよ。目を瞑って、坊ちゃんにお任せしておけばよろしいのですよ」
「それが一番難しいんです!」
ころころ笑いながら事もな気に言われた言葉に言い返し、目をキツく閉じる。
その時ーー
ーーーコロン♪
玄関のチャイムが鳴った。
前の『温室』の時と音を変えてくれたのは東条だそうだ。
ヤギやウシの首から下がっている様なカウベルというチャイム。
見た目も音も可愛くて気に入っているが、今だけはだめだ。
心臓がぎゅっとする。
全身からぶわりと汗が吹き出し、あちこちが緊張に強張る。
玄関口で二言三言言葉を交わし、こちらの部屋に向かってくる足音が聞こえた。
ドッドッドッと心臓があり得ない音を立てる。
自分でも何故ここまで緊張するのかわからない。
でも頭がわーっとなってなんにも考えられない。
何故だかこの場から逃げ出したくて仕方なく、背もたれから身体を起こした瞬間、寝室のドアが開いた。
バチっと音がするくらいに東条とガッツリ目があう。
ものすごい変な体勢を見られた気がする。
数秒程見つめ合った後、視線を外すと東条は瀧本を見て、低い声で問い掛ける。
「…………瀧本、どういう事だ?」
感想をいただいたので続きを書き始めました←
涼菜が思いの外純情でチューまでいきませんでした。
多分来週続き更新します。




