47 赤いシクラメン : 嫉妬 後編
大変お待たせしてしまいました。申し訳ございません。
教室から出ると、東条は長い長い溜息を一つ吐いた。
「怖がらせてごめんちょっと許せなくて」
困った様に笑いながら、再度謝ってくる。
何故だかとても傷付いた顔をしている様に見えた。
「あ、えっと、大丈夫、です」
重ねた指先が冷たい。
もしかしたらクーラーで冷え過ぎたのかもしれない。
温める様にスリ、と指先で東条の手のひらを撫でた。
東条は何度か手のひらと私を見比べた後、にこーっと蕩ける笑顔を見せる。
あまりに急すぎて、輝きを全弾被弾した気がする。
こちらが恥ずかしくなる程の喜びようであった。
視線を外しても、尻尾をぶんぶん振る犬の様な気配が頬に突き刺さる。
さっき撫でたのを取り消したい気分である。
名月に促され、ゆっくりと歩き出す。
まずは東条がよく行くという中庭に案内される様だ。
幾つかの廊下を渡って、開けっぱなしの扉から出ると、夕焼けに染まった芝生と植え込みが目に入った。
レンガで舗装された小道がくねくねと伸びている。
(何だかとっても素敵な場所……)
その美しさに息を呑み、時間を忘れそうになる。
隣に東条がいることさえ忘れて、口をぽかりと開けたまま見入ってしまった。
東条がそんな私を、私だけを見つめていた事なんて全く気が付かないまま、中庭に感動していた。
優しく手を引かれ、その美しい景色に足を踏み入れ、歩き出す。
夕陽に赤く照らされた木々、長く伸びる影、その中をゆったりと進む。
とても胸がドキドキわくわくする。
どれくらい歩いたかわからないけれど、いつの間にか校舎の前に着いていた。
振り返れば夕闇が迫ってきている。
本当に一瞬の、あの瞬間だけの素敵な時間だったのだ、と思うと更に胸がギュッとした。
「涼菜は、ああいう男が好みなのかな?」
校舎の中に入ると東条がこちらを見ないまま聞いてくる。
正直タイプとかそういう事はよくわからないけど、グイグイくる男の人は苦手。
でも、リョウスケさん?は良い人だったよね。
私の居た堪れなさにすぐ気がついてくれたし。
「好みかどうかはよくわからないけど、良い人でしたよね。リョウスケさん」
でも、後藤とか名月みたいにそっと支えてくれるタイプの人の方が側にいて安心する、と付け加えると、二人が顔色を悪くさせる。
いくら私が子供とはいえ、そんなに嫌がらなくても良いじゃん。
本気で好きって言ったわけでもあるまいし。
二人は「とんでもない風評被害である」とでもいう様な顔で声にならない悲鳴をあげている。
失礼極まりない!
高校とは雰囲気の違う明るい廊下を歩く。
広々としていて、皆私服で、キラキラの女の人がいっぱい。
オシャレで、綺麗で、可愛くて。
ノーメイクで制服を着ている自分を見せつけられた気がする。
探検のようでワクワクしていた気持ちは急速に萎んでいった。
少し重くなった足を何事も無いように動かしていると、少し手を引かれた。
「気にすることは無い。オレには涼菜が一番素敵に見えるよ」
俯きがちだった視線を上げた拍子に、そう優しく囁かれた。
慌てて東条を見やれば、違った?と笑顔で首を傾げられる。
心を読まれた様でドキドキして、優しく微笑むその姿があまりにも輝いて見えて、顔が熱くなる。
「とんでもないミスをやらかした俺を許してくれるその優しさも、家族を大切に思う気持ちも、時々淹れてくれるお茶も、今日みたいに迎えに来てくれた事も、全部好きだよ」
「〜〜っ!?」
真っ赤な顔で口をぱくぱくさせることしかできない私の頭をよしよしと撫でる東条を境に、私の記憶は飛んでいる。
気がついたらお風呂で瀧本に丸洗いされていた。




