47 赤いシクラメン : 嫉妬 中編
「ねぇ、いつまでそうやって抱き寄せてるの?セクハラだぞー?」
ぺたりと東条の腕に手を触れて、顔を寄せる女の人。
さっき東条が嬉しそうに話していた女の人だ。
東条に絡みつきながら私の顔を覗き込んでくる。
何だか嫌な感じがして、東条の腕から逃げ出すと、私にだけ見える角度で勝ち誇った様に笑った。
「ほーら、涼菜チャンだって嫌がってるじゃない?」
東条の腕を胸に挟む様にしながら手に指を絡ませる女の人。
なんだろう、胸がムカムカする。
視線を逸らすと、後藤が心配そうにこちらを見ていた。
首の後ろがチリチリと痛い。
もしかしたら『蕾』ができるかもしれない。
「離せよ」
「え?」
首の後ろをそっと撫でると、同時に晃の冷たい声が降る。
身体が勝手に距離を取ろうと、背後に下がった。
東条の方を見ると、先程より、更に怖い顔になっていた。
女の人の絡ませた手を、逆の手で掴んで剥がす。
「誰が、勝手に触れていいと言ったんだ?毎度毎度ベタベタと触って来て、気持ち悪い」
「え?え?だって、いつも……」
得意そうに東条に触れていた女の人は、困惑して握られた腕と、怖い顔の東条を何度も見比べている。
その姿に、ギリっと音を立てて歯を食いしばる東条。
「普段から勝手に触ってくるのは、断っているだろう?何故、やめない?」
「そんな、そこまで本気で嫌がってないじゃない。何?あの子に見られるのが、そんなに嫌なの?」
「いや、いっつもちゃんと紳士的に断っていただろ?お前が聞かなかっただけだ。晃が異性と触れ合うのが嫌いだってみんな知ってるじゃないか」
重く、冷たい空気が部屋を支配する。
東条が憎々しげに女の人を睨むと、必死で言い募る。
それにさっきの男の人、リョウスケさん?が追い討ちを掛ける。
ーーーバタン
東条が掴んでいた腕を振り払う様にして、女の人を放り投げた。
投げられた先は何もない場所だったので、転んだだけだったが、その人は信じられないと言う顔をして、東条を見返している。
「同じ研究グループになったから我慢していたが、涼菜に悪意を持って接するのであれば、今、この時からもうお前に用はない。単位の一つや二つダメにしようが、どうでもいい。俺は抜ける」
「いやいやいや、待って待って!晃に抜けられたら俺達の単位もヤバくなるから!それなら百合を抜いて晃は残ってくれよ」
慌てて東条を引き留めるリョウスケさんと、そうだそうだ!と、頷く他の人達。
「な、何よ、そんな事ないわ!確かに他の人の時は嫌がってたけど、私の時はそこまで本気で嫌がって無かったじゃない!他の女はダメでも私だけはーー」
「もうやめとけ……って、遅かったか」
ヒステリックに叫ぶ女の人を名月が当身をして意識を奪う。
「晃様、この様な者の為に単位を無駄にするのはなりません。そうですね……留学でも勧めておきましょうか」
「……わかった」
なんだろう、あの人を海外送りにするからちゃんと勉強しろって聞こえたんだけど。
「そーうだぜ!さ、百合の事なんか忘れてレポート仕上げてしまおうぜ!」
「亮輔が言うな!みんなお前待ちなんだよ」
「そうだった!」
リョウスケさんの一言でみんなに笑顔が戻った。
私が来なかったらあんなトラブル起きなくて済んだはずだ。
申し訳なさでいっぱいになる。
「涼菜様のせいではありませんよ」
「!」
後藤がぼそりと私だけに聞こえる声でフォローしてくれた。
「あれはいつかああなる運命でした。遅いか早いかの違いだけです。恐らくお取引先のご令嬢だったので、いつもより控えめにお断りしていたのでしょうね」
本当にそうなのかな?
さっき話しかけられてとっても嬉しそうだったのに。
私が、『花』を渡した時くらいの笑顔だった。
それなのにあんなに急に態度って変わるものなのかな?
少し、不安になる。
とりあえず、東条には引っ付かない様にしよう。
そう決意していると、東条の顔が目の前にあった。
「きゃあぁっ!」
「やっと気付いてくれたな。何か考え事してたのかな?」
私の悲鳴は綺麗にスルーして、ニコリと微笑んで、私の手を取る東条。
指先に、一つキスを落として、謝る。
「ごめん。怖かっただろう?もう大丈夫だから、怖がらないで?」
その眼差しも声色も、先ほどの名残は微塵もない。
その温度差に心臓がドキドキする。
「涼菜が俺を迎えに来てくれた事が嬉しくて、ちょっと感情のコントロールが効かないんだ。ごめん。ありがとう」
そう言って、また私の旋毛にキスをした。
「ーーーーーーっ!?!」
(こ、こんなっ!人前で!またこーいうことするっ!)
一気に頭に血が昇る。
何か叫びたいけれど、声も出ない。
「あれ誰?!」
「少なくとも晃でないことは確かだ!」
「やい偽物!本物の晃をどこにやった!」
「本物だが?」
ギャイギャイと騒ぐ人達に、スンッとした表情で答える東条。
私を見ている時と表情が全く違う。
それに気付いてさっきとはまた違うドキドキに襲われる。
なんだろう、なんだろうこの居た堪れ無さ加減。
(大切に……されてる……よ、ね?)
「オレたちの知ってる晃だ!本物じゃん!さっきのアレ誰だよ!二重人格か?!」
「どうでも良い奴等と、友人、そして大切な人に対してそれぞれ態度が変わるのは当然だろう?」
「言いやがった!恥ずかしげもなく!」
「オレダメ。もう砂糖吐きそう」
何事もないかの様に答える東条に、男の人達が身を捩って悲鳴を上げている。
周りがうるさい、とさっさと自分の分の作業を終わらせて、他のメンバーに押し付けるように渡すと、せっかくだからと大学を見せてくれる事になった。
スッと出された手に自分のそれを重ねて、残る人達に挨拶して教室を出た。
「うっわ、オレ、日常生活でエスコートしてる奴初めて見たわ」
「俺もだよ。しかも涼菜ちゃんも当たり前のように手乗せてたよな?」
「アレが『氷のプリンス』かぁ……。温暖化で蕩けまくってたじゃん?」
「迎えに来てくれただけであのはしゃぎ様だったら、キスでもした日にはどうなるんだろうな」
「やべえだろ?大学中の女が腰砕になるんじゃないか?」
「今日だけでも何人惚れたんだろうな」
エスコートしてる晃にも、され慣れてる涼菜にもちょっと引いた学友達でした。




