6 ネムノキ:歓喜
名月浩二は東条晃の秘書である。
本日のスケジュールは、午前中は晃を大学の講義に出席させ、単位を取得させる。
二限が終われば経営の手伝いとして近くの系列店のカフェの視察。
午後は最近特に体調が悪い為、お屋敷に戻り、各種書類を片付ける名目で自分が処理をして晃を休ませる。
なんということはない、日常的なスケジュールだった。
視察先で、『花生み』を見つけなければ。
それは本当に、本当に偶然だった。
飲食店だというのに、髪を下ろしたまま接客をするバイトがいたので、指導をした。
その際に『花』に指が触れたのだ。
ほんの一瞬ではあったが、人の肌では有り得ない感触に、当人の過剰な反応。
これで晃の体調が改善するかもしれない、そう考えた少しの隙に彼女は逃げ出した。
これは予想できていて当然だったのに、逃げられてしまった。
浩二のミスである。
だが、彼女を特定する事など容易だ。
店長に忘れていった荷物を届けて、事情を訊くと言えば、すぐに住所と名前を教えてきた。
晃には事情ができた事だけ伝えて、屋敷に送り届け、自室で休ませる。
浩二は手際よく各種根回しを始めた。
「ええ、『花生み』を見つけました。既に蕾があります。発生条件を確認し、契約交渉に入ります。温室と洗浄の準備をお願いします」
迎える準備を整え、書類を用意して、彼女の家に向かう。
日野涼菜の家に。
情報担当者による短時間の調査ではあるが、彼女の家が困窮していることは判った。
金に困っているなら話は早い。
金をチラつかせば良いのだ。
案の定、コロリとこの掌に『花生み』が転がり込んできた。
書類を書かせている間に母親から発生条件も聞き出せた。
発生条件が「強いストレス」とは都合が良いにも程がある。
あの蕾のサイズから、大きさも今までとは比べ物にならないであろう。
これで晃も、ひどい栄養不足からはなんとか逃れられるであろう。
更には家族との別れが引き金になったのか、車中で花を咲かせ、その花を潰さぬ様に姿勢すら抑えるのだ。
浩二には最高に都合の良い『花生み』であると判断した。
採取と洗浄を終え、温室に閉じ込めると、『花』を持って晃の元へ向かう。