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40 蕾の桃色のチューリップ : 愛の芽生え

 ある朝優しく揺り起こされ「新しい『温室』が出来た」と告げられた。

 あやのと小鞠の住んでいた『温室』の他二棟も取り壊され、新しい大きな『温室』になっていた。

 やっと引っ越せる準備が整ったので、こちらに引っ越して欲しいと名月を通して話が来た。

 ずっと工事していたのは知っているし、建物自体は遠目に見ていたけれど、私の為のものだとは思わなかった。

 ぽかんと口を開けて見上げている私に、今の『温室』は私にとって、辛い思い出ばかりで過ごし辛いだろうから、と東条の償いだ、と名月が言う。

 中にある物も、家具から壁紙まで全て東条が選んだのだとか。

 だから建物が完成しても引っ越しまでに時間が掛かって申し訳ありませんでした、と手紙まで渡された。


「本当は直接会って謝罪したかったそうなんですが、涼菜様が望まないだろうと手紙に思いの丈を(したた)めておりました」


 是非読んであげて下さい、と手紙を渡してくる名月の顔には、家族を思う笑みが浮かんでいた。

 色んな感情が湧き上がってきて、喉奥が苦くなる。

 意味もわからず叫び出したい衝動を飲み込んで、受け取った。


 豪華な扉を開くと解放感のある明るい玄関が広がった。

 二階まで吹き抜けになっていて、採光窓からは暖かい陽の光が差し込んでいる。

 シンプルなのに可愛らしい玄関マットに、サラサラのミント色のスリッパ。

 ライトブラウンのシューズボックスの上に置かれた花と猫の置物。

 しなやかで、柔らかで、猫らしい丸さでお座りしている。

 認めたくはないが、好みジャストミートである。


 促されるままにリビングに向かうと、広く明るい部屋に、私の好みの薄水色で統一された家具。

 瀧本や麗に好きだと溢した花や、キャラクターに書籍、小物。

 セパレーター代わりの本棚なんて、図書館でしか見た事ない。

 家具の一つ一つ、小物に至るまで、全てが好みで埋め尽くされている。

 自分でも想像できないくらいの、完璧に好きな空間がそこにはあった。

 沢山の本棚の中には、絶版になった本まで揃っている。


 そして、自由に出入りの出来るドア。

 自分で開けることの出来る窓。


 物につられた訳ではないけれど、少しだけ心が揺れた。

 これだけ沢山、私の好きな物を用意するのは大変だっただろう。

 百パーセント東条が用意したとは思わないけれど、私の事を考えてこういう指示を出してくれたのはわかった。

 嫌でも心が浮き立つのがわかる。

 ローテーブルの上に本が一冊置かれていた。

 学校の図書室にあったお気に入りのシリーズの最新刊だ。

 表紙とページの間に手作りの栞が挟まっていた。

 白い花弁が六枚。

 流麗な筆記体でゼフィランサスと書いてある。


(花の……名前?)


 ひっくり返すと、裏側には白い花の写真が。

 まっすぐな茎の上に大振りでシンプルな白い花を咲かせる、凛とした花。

 中央にあるおしべが目立つ、とても綺麗だと思った。

 よくわからないけれど、綺麗な栞だったのでそのまま使わせてもらう事にした。


 それからしばらくこの新しい『温室』で過ごした。

 今まで以上に過ごしやすく、リラックス出来る空間だった。

 家族とは週に一回の手紙のやり取りだけだけれど、それでもとても幸せな事だ。

 今までとちょっとだけ違うのは、私の好みのシリーズの最新刊が発売日に届く様になった事だ。

 その本には手作りの栞が挟まって届く。

 それは白いアネモネだったり、ラベンダーだったり。

 少し調べてわかったことは、この栞になっている花の花言葉に共通するのは「期待」。

 恐らく会いたい、というアピール。

 でも、はっきりと告げられた訳ではないので、見て見ぬふり、分からぬふりを続ける。


 そしてもう一つ。

 平和な生活で、週に一度も『花』が咲かなくなってきたので、私は前の『温室』に足を踏み入れて咲かせる様になった。

 無理に咲かせなくても良いとみんなは言うけれど、それが無ければ此処には居られないし、家族にお金がいかなくなる。

 だって他に『花生み』はいないのだから。

 私だけ。

 だから、頑張らないと。


 決して、東条の、為ではない。


 栞の返事はまだしてない。


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