39 エリンジウム 後編 : 光を求める 3
東条晃は恐れている。
『引き離していた涼菜の家族が強引に接触を計った』
その報告を受けた時には、心臓が凍ったかと思った。
血の引くざぁっと言う音が聞こえ、指先が冷たく震える。
キーンと不快な耳鳴りまで襲ってきて、行儀悪くもへたり込みそうになった。
名月などは、家族と会わせてやるべきだと何度も強く提案してくる。
頭では会わせた方が良いとわかってはいるが、とても受け入れられぬ提案であり、晃は激しく拒絶した。
「やっとこちらに心が傾いてきたと瀧本が言っていたじゃないか!里心が付いたらどうする!絶対に嫌だ!オレに依存するまで会わせない!」
まるで幼児の駄々だ。
晃も、自分で分かっている。
それでも、自分が嫌われている事など痛いくらいに理解しているから、焦がれる様に手を伸ばす家族に会わせてしまったら……きっと、きっと戻ってこない。
(嫌だ!もうオレは涼菜を手放せない……!)
仕事なら、時期の見定めや、飴と鞭を上手く使い分ける事など、客観的に見れば簡単で、何故他の者はそれが出来ないのか疑問に思ってさえいた。
しかし、人は大切な人や物事に対しては愚かしく、臆病になるのだ。
それが今わかった。
会わせるのが正解だとわかるし、会わせたからといって涼菜が“仕事”を放り出す事はないと頭ではわかっている。
分かっているのだ。
それでも万が一を恐れてその最善の一歩を躊躇してしまう。
このままだと本当に衰弱死してしまうので、せめて手紙だけは、と提案されても、それも許せない。
「勝手な事するな。食事だって耐えられないくらい腹が減ったら食うだろう。今は大事な時なんだ」
心にも無い言葉が飛び出る。
手紙でより自分から離れてしまうのが怖かった。
自分の手をすり抜け、家族の元へ走り出してしまうのが怖い。
涼菜を失う事が恐ろしい。
まるで自分の全てを失う様で、心にぽっかり穴が開いてしまう様で、恐ろしくて、恐ろしくて堪らない。
それで苦労するのは晃自身だという事は分かっていても、この腕の中に収めて手放したく無い。
『温室』という鳥籠から出したくない。
名月が間を取り持とうと茶会を開いたり、庭を晃に案内させたりしてきた。
その程度で仲が改善されるのであれば、と喜んで参加して積極的に話し掛けるが、涼菜はわかり易く拒絶を見せる。
贈り物をしても、謝罪をしても、何も言わず、家族と会わせて!と目で訴えてくる。
その後に必ず、自己嫌悪で傷付いた顔をする。
それがまた、晃の心を締め付けた。
それでも、贈り物も謝罪も、止める事はできない。
どうか、どうか、涼菜が少しでも長く自分の元にいてくれる様に、と晃は祈る。
涼菜は晃にとってただ一人の花生みになってしまったのだからーーー
更新が遅くなってしまい申し訳ありませんでした。
晃の気持ちの表現が難しくて難しくて、まるでウナギの様にぬるぬる逃げていって、なかなか掴めませんでした……。
待っていて下さった方、本当にありがとうございます。
そしてご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。
来週にはもう一話上げることができると思います。
やっと甘味成分が出てきたのできっと筆も乗ってくれるはず……多分、乗ってくれると、良いなぁ……。
とにかくがんばります!




