39 エリンジウム 後編 : 光を求める 1
遅くなりまして申し訳ありません。
東条晃はこれほど何かに執着したことは無かった。
何を置いても、どんなに見苦しく足掻こうとも、彼女が、日野涼菜が欲しかった。
一度手に入れてしまった彼女を失うのが恐ろしかった。
激しく拒絶され、家族を乞い求める姿に“彼女を失う”と恐怖した。
だからこそ、頑なに家族と引き離した。
晃には理解出来なかったから。
涼菜が家族を大切に思う気持ちも。
ーーーあやのの恋心も。
晃にとって家族とは、上司である父と、自分を厄介な体質で産み落とし、拒絶した母だけだ。
涼菜の様に焦がれ、会えない事に絶望するなど考えられない。
家族が絶対的な味方だと仮定するならば、学友の言う兄の様な、親友でもある秘書の浩二が唯一の味方であると言えるだろう。
他には契約した身近な者として、あやの、小毬、その他ガーデナー達三人とガーデナー候補者達くらいだ。
ガーデナーは元々晃の世話係であったので気心が知れている。
とはいえ、彼らとは契約ありきでそばに置いているだけで、引き離されたとしてそこまで苦痛を感じる事は無いだろう。
多少不便に感じるだろうが、それだけだ。
それに浩二は探しに行かずともなんということはない顔でいつの間にか戻っていそうだ、と晃は思う。
そして、恋はさらに未知の感情だった。
晃にとって異性とは、煩わしく纏わりついてくる者達だ。
学生時代に友人に唆され、幾人かと『お付き合い』をしてみたが、彼女達に全く心は動かされなかった。
恋とか愛とか運命だとか自分を優先しろだとか、好き勝手に騒ぎ立てる迷惑な生き物達だった。
あやのは幼馴染で、『花生み』なので距離は近く、気心が知れているが、それだけだった。
些細なことで一喜一憂する、姉の様な『幼馴染』だ。
でも、そこには所謂愛や恋などと呼ばれる感情は無く、共存関係だけだ。
幼い頃ならばいざ知らず、今は共存すら前提が崩れている。
確かに好意を持たれていた自覚はあるものの、あそこまで執着されているとは思わなかった。
そんな中で、唯一、離れたく無い、自分の物にしたい、と初めて強く思ったのが涼菜だ。
万が一、引き離されたら何がなんでも取り戻そうとするだろう。
彼女は晃の生命になくてはならない『花生み』だ。
(きっとあの『花』さえあればなんでも出来る。既に涼菜が居なかった時はどうして生きていられたのか判らないくらいだ)
これが晃の『花食み』としての本能だろう。
(あの『花生み』はオレの物だーーー)
晃は自分の中にこれだけの執着心があるとは知らなかった。




