36 渡されたサルビア:家族愛 後編
私は、沢山の手紙を大切に折り畳んで、サイドボードに載せる。
次に名月から渡された紙バッグを受け取る。
使い倒されて、縁がヨレヨレの白い紙バッグからお弁当を取り出した。
長年遠足等で使っていたこのお弁当箱は、十五センチほどの細長い楕円で、二段重ねになっている。
表面のイラストは剥がれてもう何が描いてあったかわからないレベルだ。
最近の重箱弁当から考えるととっても小さい。
(でも、すごく、重たい。お母さんが、作ってくれた、おべんとう、だ)
一段目には唐揚げとカニさんウインナー、ブロッコリーにプチトマト、ベーコンとチーズを巻いて焼いた物にちょっと焦げた甘い卵焼き。
二段目にはこれでもか、とご飯が押し込められていて、お米が潰れている。
(そう。お弁当の日はもやし炒めとブロッコリー、プチトマトと甘い卵焼きにこのどれが一つが入っていたの)
「本当に、私の好きなのばっかり、フフッすっごい贅沢……」
いつももやし炒めが入っている場所に唐揚げやカニさんウインナーが入っている。
「こんなに、すごいお弁当……どこ、からっ、食べたら、い、いか……わかんないよっお母さんっ」
食べたいのに、涙が邪魔して食べられない。
私はしばらく、お弁当箱を抱きしめて泣いてしまった。
涙が落ち着いたのでお弁当を食べ始める。
ひとつひとつじっくり噛んでゆっくり味わう。
唐揚げは鶏胸肉のしょうゆ味、お母さんが作るとどうしても固くなっていっつも首を傾げてた。
カニさんウインナーは切るのがめんどくさい!と嫌がられていたけどカリカリに焼けた所が多くなるから私も弟妹も大好きだったから何度もねだったものだ。
おかずを一つ食べるごとに、思い出が、お母さんの言葉や仕草が蘇って来て胸が苦しい。
卵焼きは、ちょっと焦げてるだけだと思っていたら、持ち上げてみると隠れている場所はコゲコゲだった。
お母さんらしくて思わず笑ってしまう。
お米の最後の一粒まで大切に食べ切ると、止まっていた涙がまたぽろりぽろりと転げ落ちていく。
差し出されたカップで、瀧本と名月が居たことを思い出す。
瀧本にお礼を言ってお茶を受け取ると、一口飲む。
よく冷えた緑茶で、爽やかな青い香りが喉を滑っていく。
「ご迷惑をお掛けしてごめんなさい」
二人を見て頭を下げる。
頭では分かっていたのだ。
二人は雇主である東条に逆らえない。
それでも、職務の範囲内で東条を抑えてくれていたし、下手に「家族から申請があったけれど却下した」などと言ってしまえば私が落ち込むことを知っているからこそ言えなかったんだって。
その優しさに甘えて八つ当たりをしてしまった。
なのに、今でも二人はこんなに優しい。
「名月さん、手紙とお弁当届けてくれてありがとうございます」
手紙、と口にするだけで幸せな気持ちになれる。
二人の目は真っ赤になっていて、何か言おうとして、言葉にならず、深くお辞儀をした。
「私、ご飯ちゃんと食べます」
そう宣言したらお腹がぐぅ、と鳴って三人で顔を見合わせて笑ってしまった。




