36 渡されたサルビア:家族愛 前編
信じられない。
やっぱりひどい人だった。
食欲の為だけに、私と家族を引き離していたなんて。
妹の悲痛な声が忘れられない。
お父さんもお母さんもおばあちゃんも、みんなどんなに心配しただろう。
「会いにいく」の言葉を信じなかった、信じられなかった自分が嫌いだ。
でも、それ以上に東条が許せない。
今日も花が届けられた。
可愛らしいかすみ草のブーケだ。
メッセージカードには「ほとぼりが冷めたら通学を許可するので心安らかに過ごせることを祈ります」と書いてあった。
謝罪でも、弁明でもなくいけしゃあしゃあと「心安らかに」等と書いてきた。
『花』だけが目的なのでしょう?
喜びなさいよ。
今なら貴方の顔を見たら一発で咲くわよ!
摘出は拒否させてもらうけどね!
贈られてきた花とメッセージを地面に叩きつける。
ブーケの様に重なった『花』が擦れて痛い。
空腹で身体は怠いし、動くのも億劫だ。
でももう決めた。
このまま死んだって良い。
家族に会いたい。
お父さん達に抱きついて「信じられなくてごめんなさい」って言いたい。
「みんな大好き」って言いたい。
それを邪魔するのなら、東条が私に望むことは全て拒否する。
『花』は花びら一枚だってあげない。
食事だって摂らない。
このまま私が死ねば、他の『花生み』を追い出した東条だって、食べる『花』が無くなって困るだろう。
瀧本だって困っても良い。
だって私にずっと嘘をついていたのだから。
毎日毎日訊いていたのに。
私が家族に会いたがっていることを一番知っていたのに。
広すぎるベッドにうつ伏せに寝転んでじわりと滲む涙を服の袖で拭う。
ーーーコンコン。
ノックの音がする。
あれからずっと瀧本を無視しているので、返事をしなくてもドアが開く。
ふわり。
心を動かされる、匂いがした。
「お休み中申し訳ありません。少しだけ、お話をさせてください」
瀧本は名月を連れて来た。
名月はこの家には似合わない使い古された紙バッグを手に持っていた。
(アレって、もしかして……)
そこからは、泣きたくなるくらい懐かしい匂いがする。
「本日、貴女のご家族に謝罪をして参りました」
「!!」
苦しそうに、懺悔でもする様に話し始めた名月に、紙バッグの中身が、想像通りで間違いないと分かる。
「アレコレお話をするよりこちらを見て頂いた方が早いでしょう」
そう言うと分厚い封筒を手渡して来た。
震える手で受け取ったそれはずっしりと重く、そしてとても温かだった。
カサリと開けば便箋とルーズリーフが入り混じっていて、正にウチの大雑把さだった。
思わず笑ってしまう程に、私の家族だった。
『涼菜、話は名月さんから聞いた。あの時、安易に返事してしまったことをずっと謝りたかった。』
『お姉ちゃん身体は資本だよ!東条家に嫌がらせするならうんと贅沢しなきゃ!食べたいだけ食べて、欲しいものは全部買ってもらわないと!私は今可愛いワンピースが欲しい。ちょっと大人っぽいデザインのやつ。』
『僕、お姉ちゃんが行きたくなさそうにしてたのわかってたのに黙ってた。本当にごめんなさい。お姉ちゃんがいなくなってお菓子もご飯もいっぱい食べられるようになったのに、全然嬉しくなかった。ずっとごめんなさいって言わないとって思ってた。』
『家はバリアフリーになりましたが、ちっとも楽ではありません。ずっと新しい部屋で貴女を探してしまいます。』
『ちゃんと沢山食べて、沢山寝るのよ。勉強だって趣味だって何だってやりたいだけやりなさい。貴方にはその資格があるわ。名月さんにお弁当を渡しています。涼菜の好きなものばかり入れています。残さず食べてね。※追伸 慌てて作ったから卵焼き焦がしてしまいました。ゴメンね』
ぼろぼろと溢れる涙で文字が読めないよ。
所々滲んだ手紙は一人で何枚書いているのかわからないくらいで。
どこを読んでも、間違いなく私の家族だった。
(お父さん、お母さん、みんな……大好き)
それだけでこれ程嬉しく、幸せな気持ちになれるなんて。
私は手紙を濡らさないように抱きしめた。




