32 ナナカマド:貴女を見守る 後編
ーーーバンっ!
寝室の扉が音を立てて開いた。
東条が入ってくる。
怒っている。
すごく。
すごく。
(怖い……っ)
あやのより、小毬より、東条が怖い。
東条への恐怖で、全てが上書きされる。
ガタガタと震える身体を両腕で抱える。
「お前達は今、何をしていた?」
今まで聞いたことがないくらい低い、地の底を這うような声が響く。
初めての東条の本気の怒りに、背中から鋭い痛みが走った。
ふわりと場違いな『花』の香りが広がる。
後ろから瀧本と名月がやってきたのが見えた。
少しだけ、ホッとした。
安心したおかげで、詰めていた息を吐き出すことができた。
逆に、あやの達四人は、激しく狼狽していて、東条になにやら言いすがっているが、一顧だにされない。
腕に縋りつくあやのを振り払って、恐ろしい顔の東条は言い放つ。
「お前達四人はすぐにここから、東条家から出て行け!」
東条の腕がぶるぶると震えている。
もしかしたら殴らない様に押さえているのかもしれない。
しばらく会わなかったからなのか、怖いのに、東条が居るのに、自分でも不思議な程に冷静に状況が把握できる。
「熊谷も、花垣も、今日限りでクビだ。荷物をまとめて今日中にここを出て行け。0時を1秒でも回ったら不法侵入で警察につきだす」
恐ろしい表情で「これ以上オレを怒らせるな」と言い捨てる東条に、四人は口々に誤解だ、なんだ、と騒ぐ。
「じゃあこれはなんだ?」と名月に目配せすると、彼の持っていたノートパソコンで、昨日の様子を映し出した。
多分あるだろうな、とは思っていたが監視カメラの映像だ。
言い逃れできない証拠を見せられてグゥの音も出ない四人は、後藤に連れられて部屋から出て行ってしまった。
後藤と目が合った時、優しく微笑まれてドキッとした。
「もう大丈夫ですよ」と伝えられたのが確かに解る。
まるで親戚の叔父さんの様に温かだった。
私の脱走防止だけが仕事じゃなかったんだと解って何故だかとても嬉しくなった。
四人が居なくなり、部屋には東条、名月、瀧本が残った。
瀧本は濡れタオルを私の頬に当てる。
「二週間も気がつけず申し訳ありません。涼菜様」
その声はとても覇気がなく、普段の瀧本からは信じられない程落ち込んだものだった。
「いえ、瀧本さんが録画して、とぅ……名月さん達を呼んでくれたんでしょう?ありがとうございます」
「涼菜様……」
瀧本にぎゅっと抱きしめられる。
お母さんに抱きしめられている様な安心感だ。
自然と涙がじわりと滲み出てくる。
今まで我慢していた分まで溢れて止まらず、幼児の様に声をあげて泣いてしまった。
「怖い思いをさせてしまったな。謝っても遅いと思うがすまない。すぐにあの四人を追い出すから、出て行くなどとは言わないでくれ」
信じられないくらい優しい声がしたけれど、聞こえなかったふりをした。
久しぶりの号泣に忙しかったから。
散々泣いて、泣き疲れて瀧本の胸で眠ってしまった。
「涼菜、信じてもらえないかもしれないけれど、オレは君を……君を、守りたいんだ」
眠りに落ちる前に聞こえた呟きも、聞こえていない。
そう、私は、何も……聞こえていない……。
2022/11/17 細かい修正を行いました。
お話に大きな変更はありません。




