31 サントリナ:悪を遠ざける 前編
瀧本は急いでいた。
一刻も早く晃の仕事部屋に向かわなくては。
おかしい。
涼菜の『花』を切除する手配を済ませて瀧本は考えた。
先日涼菜が「二度と来るな」と悲鳴の様に訴えた所、晃はショックを受けて部屋に篭ってしまった。
仕事は嫌々行なっている様だが、いつもの冴えは無いと名月から聞いている。
ふとした瞬間に動きを止め、考え込み、ため息を吐く、を繰り返しているという。
その日から涼菜が眠っている時以外、晃は『温室』を訪れなくなった。
大人しくタッピングだけを行なって静かに帰っていく。
これで少しは回復するだろうと思った矢先、涼菜はすぐに『花』を咲かせてしまった。
夢見が悪いという訳でもない。
睡眠時は脳波の揺れもなく、静かに眠っている。
晃のタッピングの効果もあり、幸せそうですらある。
にも関わらず、時間、天気、タイミングなど全く関係無く蕾がついてしまう。
どうかしたのか、具合が悪いのか、話を聞いても暗い顔で首を振るだけだ。
晃の突撃が無くなったのだから、後は回復するだけのはずだった。
なのに回復どころか悪化していく。
一番不可解なのは『花』の咲く日と蕾になる日があるという事。
生活にストレスがあるにしても、学校に行っていた頃を考えるとスピードにムラがある。
みるみる憔悴していく涼菜。
あやのと小毬も心配してか、見舞いの回数は増えていく。
その終わりに蕾や『花』が咲く確率は高い。
体に無理をさせているからだろうと瀧本は心配し、事あるごとに睡眠薬を涼菜に飲ませて、晃を呼び出す。
一度、あやの逹の見舞いと晃のタッピングがブッキングしてしまった。
「篤子さん、晃は何をしに?」
「タッピングです。涼菜様のお身体が回復しないのに『花』を咲かせてしまうので、このままでは衰弱死してしまいます」
「そうなの。早く良くなると良いのだけど」
心配そうにそう言って、去って行ったあやのを見送ると瀧本は涼菜の元に向かった。
この時の呟きを拾えていればもっと早く涼菜を助けられたはずなのだが、瀧本の耳には届かなかった。
「全く反省していないではないですか!」
憎々しげに吐き捨てたあやのは、晃が涼菜の為に用意した鉢植えを棚から叩き落とした。
広い温室に陶器の割れる音が虚しく響いた。




