29 タンジー:あなたとの戦いを宣言する
芦屋小毬は決意した。
自分の身は自分で守る。
居場所は譲らない、と。
ある日の夜、小毬の部屋にあやのがやって来た。
「夜分遅くにごめんなさい。もう、わたくし一人では抱えきれなくて……」
扉の向こうには、今にも泣きそうなあやのが立っていた。
五つ年上の“姉”とも呼べるあやの。
彼女は滅多な事では落ち込まないし、泣いたりもしない。
小毬の憧れる女性である。
小毬は『花生み』だ。
承認欲求が満たされると『花』が咲く。
わかりやすいのはSNSだ。
お気に入りのSNSでいいねが一定以上付くとこめかみにハイビスカスの様な見た目の大きめの『花』が咲く。
とはいえ、最近は中々いいねは満足する程付かないし、ついても『花』が咲き終わるまでは次が投稿できない。
いいねがつかないから承認欲求は膨れ上がるし、求めるいいねの数は増える。
そうすると『花』は咲かない。
『花』が咲かないと晃に認めてもらえないから、また承認欲求は膨らむ。
悪循環である。
更に、蕾が出来る時は皮膚が破れ、血が流れ出るし、痛みも酷い。
偏頭痛の様にガンガンと頭に響くのだ。
こめかみを隠さなくてはいけないし、とても投稿出来る状態ではなくなる。
そういう悪循環が続いていて、最近小毬は満足な数の『花』を晃に渡せていない。
それが心苦しくて、最近少し鬱気味である。
「あやの、なにかあったの?」
部屋に招き入れ、温かい紅茶を振る舞う。
持ってきてくれるのは小毬の世話係である敏江である。
「敏江さんありがとう」
お礼を言って受け取るあやのの指先は小さく震えていた。
あやのの世話係である郁恵はあやのの肩を抱いてずっと大丈夫、大丈夫よ、と言い続けている。
「小毬は涼菜の事をどう思うかしら?」
そんな言葉を皮切りに、次々と訴えられる涼菜の非道。
騙されている晃。
涙をはらはらと零しながらどれだけ自分が傷付けられたか、苦しんだか、吐き出していくあやのにため息を飲み込むのが辛かった。
途中から“お手入れセット”を取り出して、爪の形を整え始める。
(どんな大問題かと思えば、ただの恋愛のぐち)
小毬は薄桃色の艶々とした己の爪を専用のヤスリで研いでいく。
しゅっしゅっしゅっ、とリズムよく響く手入れの音に、あやのは気付きもせず、まだ喋っていた。
晃が誑かされているだとか、涼菜が怯えたふりして晃の気を引いているだとか正直どうでもいい。
小毬からすれば、初回の『花生み』女子会で見せた涼菜の怯え方や、『花』の咲くタイミングは嘘だとは思えなかった。
でも、だからこそ。
涼菜は間違ったな、と思う。
あやのはずっと晃を想っていた。
それは『温室』に来たばかりの十歳の小毬にすら釘を刺すほどに。
その激しい感情に、淡く芽生えていた小毬の恋心はあっという間に潰えた。
(それをはじめての『花生み』女子会で知っていたはずなのにバカな子)
小毬は整えた爪に息を吹きかけた。
削れた爪の粉が宙に舞う。
美しく整った己の爪に満足する。
その姿を見て、じとりとした視線があやのから送られる。
「小毬も、うかうかしてはいられませんわよ?!あの子、あの女子会の時と同じペースでほぼ毎日あの派手で下品な『花』を生み出しているみたいですわ!」
「?!」
カタリとヤスリがテーブルに落ちた。
(いま、なんて……?)
ただでさえ自分は今あまり『花』を生めていない。
あんな速度で毎日生み出されたら、晃の欲求などすぐに満たされてしまうだろう。
そうなれば、『花生み』は三人もいらない。
首を切られるのは間違いなく小毬だ。
自分と晃の間には『花』の関係しかない。
学校にも何年も通っていないから、今東条家から見捨てられたら、働く事などできるわけが無いので、あの家に帰るしか生きる方法はない。
ザッと全身の血が引く音がした。
いやだ。絶対にいやだ。
小毬は激しく頭を振る。
「わかった。こまりもたたかう。涼菜にいなくなってもらう」
あやのと視線を合わせて強く頷く。
そうして二人は涼菜の「お見舞い」に向かった。
『ガーデナー』の二人も思うところがあるのだろう。
一切止めようとしなかった。
あやの、小毬、涼菜では自由度や情報量が全く違います。
あやのは超初期から居たので『ガーデナー』の存在を知っていますが、涼菜と小毬は知りません。
脱走の恐れがない事を確認されたら徐々に出来ることが増えますが、涼菜は現在最高警戒レベルですね。
小毬は敏江を母の様に慕っています。
あやのと郁恵(あやの母)が実の親子だとは知りませんが、二人の関係を見ているので、世話係を「母」と呼ぶのは当たり前だと思っています。
この辺は瀧本回でいつか、詳しくやりたいです。
2022/11/17 細かい修正を行いました。
お話に大きな変更等はありません。
 




