28 タイム:勇気
あれから本当に毎日、毎日、東条が現れるようになった。
「酷いことをしたと思っている」
「なんとか償いたい」
「どうか望みを言ってはくれないだろうか?」
東条の与えるプレッシャーを何と言えばわかってもらえるだろうか?
目に見えない大きなお化けの様な怖いモノが覆いかぶさってくる様に感じる。
どんなに言葉を飾られても、どんなに謝られても、その言葉の裏には「さぁ、『花』を咲かせろよ」という気持ちが透けて見えるのだ。
私には「咲かせないのなら咲かしてやろうか?」と聞こえる事もある。
それでも、東条が私に手を上げなくなったことは理解した。
精神攻撃に切り替えただけとも言えるが。
俯いて、布団を握り締め東条が諦めて去るのをただひたすら待つ。
東条は瀧本達に「話以外は絶対に何もするな」と毎回扉の前で言われている。
恐らく私に“東条は何もしない”と伝える意味もあるのだと頭では分かっている。
頭では分かっていても、心が、本能が恐怖を覚えるのを止められないだけだ。
とにかくコレを、この時間を乗り越えて仕舞えば良いだけだ。
出来るだけ視界に入れず、声も意味を理解しないようにする。
なのに。
「お願いだ、何か、話してくれ」
聞こえる声が悲痛で、切実で、思わず顔を上げてしまった。
そこにはなぜか泣きそうな表情の東条が居た。
私にすぐには触れられないようにベッドの足下側、それも二メートルほどの距離を開けて座らされている。
肩を名月に押さえられ、すぐに間に割り込めるように、私を守るような位置に瀧本が居る。
守ってくれる二人の存在に、ホッとする。
「やっと!やっとこちらを見てくれた!」
ぱあぁっ、と子供の様な無邪気な笑顔を見せる東条。
しかし、その表情は、私の首を締め、嬉しそうにしていた時と酷似していて。
痛かった事、苦しかった事が瞬時に蘇る。
「来ないで!悪いと思って居るならもう二度とここに来ないで!」
反射的にずっと思っていた言葉が口から飛び出した。
ほとんど金切り声で、聞き取り辛い言葉だったが間違いなく言葉にした。
私の限界を悟った二人が、東条を強制的に部屋から連れ出す。
(やっと、やっと言えた……)
『温室』は東条が用意したものだ。
来るな、と言ってもまた来るだろう。
それでも、自分の気持ちを口に出来た事が、とても快い。
私はその夜、満足感いっぱいで眠りについた。
ストレスが掛かり過ぎたのか、あまりスッキリした目覚めでは無かったが、それでも心は晴れ晴れとしていた。
まさか本当に東条が『温室』に現れなくなるとは思いもよらない朝だった。
2022/11/16 細かい修正を行いました。
お話に大きな変更等はありません。




