27 ロベリア:悪意 前編
熊谷あやのは憤っていた。
晃の話によれば、顔を合わせると怯え苦しんで『花』を咲かせるはずだった。
にも関わらず、大人しくタッピングを受けているではないか。
午後、日光浴の為に久しぶりに温室で読書も良いだろうと『温室』から出て来たあやのは先客が居る事に気が付いた。
これ見よがしな車椅子に腰掛け、こちらに背を向けている。
食後のお茶らしく、ひとつ、ふたつ焼き菓子を摘んでお茶を飲む。
横に立っている『ガーデナー』が瀧本なので、顔が見えなくとも誰なのかはすぐに予想がついた。
「あやの、今日はサンルームにしましょうか?」
「お母様ありがとう。でも、わたくしがあの子の為に予定を変更する謂れはなくってよ。彼方からは見えないこの辺りにテーブルを用意してくださらない?」
母の気遣いをありがたく受け止め、そのうえで予定は変更しない旨を告げる。
(あんな子の為に予定を変更するなんて、負けて逃げ出すみたいじゃない)
母は手早くテーブルを用意し始めたが、やはり少し時間を要する。
その間、花を眺めるフリをしながら、涼菜を観察する事にした。
涼菜はお茶を飲み終わった様で、こちらからは車椅子の後ろに開けられた隙間から覗く、首元しか見えなかった。
本でも読んでいるのか、微動だにしない。
そこに近寄る人影が二人分。
どちらも背が高く、立ち居振る舞いが美しい。
「ッ!晃!?」
逆光で見辛かったが、自分が晃を、ただ一人の『ラペル』を、見間違うはずはない。
アレは晃だ。
晃はゆっくりと静かに涼菜に近づく。
話に聞いていた様な怯える素振りも、悲鳴をあげる素振りも見られなかった。
晃は瀧本と二、三言葉を交わすと、車椅子に手を掛けてゆっくりと腰をかがめる。
「っ!!」
あやのはその先を見ていられず、思わず視線を外した。
充分に時間を置いてそろりと視線を戻して驚愕する。
二人の影はまだ重なったままであった。
晃と涼菜は、あやのの見ている前で未だにタッピングを続けていた。
それは、あやのが普段受ける物よりも数倍、下手をすれば十数倍の、長く、丁寧な『水やり』だった。
この距離では聞こえるはずのない、水音さえ響いてきそうな情景だ。
見る者が違えば、そこにまるで愛や、恋と呼ばれるものがあると誤解してしまうほどに。
くらり、と目眩に襲われる。
(あの娘、怯えるフリをしているのね?そうしてタッピングは素直に受けるなんて……なんて、あさましいっ!)
怒りで吐き気を催すのは初めてだった。
目の前が真っ白に染まり、他に何も考えられなくなる。
ギリッ、奥歯が悲鳴を上げた。
2022/11/16 細かい修正を行いました。
お話に大きな変更はありません。




