26 ゲッケイジュ:裏切り 前編
麗がお見舞いに来た後くらいから、頻繁に東条が顔を出して来る様になった。
正直、恐怖でしか無い。
「君を傷付けるつもりはない」
「少しだけでも良いから話さないか?」
など、来る度に何か言っているけれど、こちらは恐怖でそれどころでは無い。
既に顔を見るだけで色々思い出して辛いのだ。
多分、今なら東条の写真だけで泣くことが出来るくらいだ。
その姿が視界に入るだけで、様々な恐怖がフラッシュバックする。
痛かった事、怖かった事、苦しかった事。
最後の抵抗で涙だけは絶対に見せない。
「具合はどうだい?」
今日も瀧本が大変申し訳ありません、と顔に書いて東条を連れてくる。
東条の後ろには苦虫を噛み潰したような顔の名月も立っていた。
この二人は東条に雇われた身なので、彼がこの『温室』を訪れる事を止められない。
むしろ何度も苦言を呈しているのに聞き入れられていないといった感じだ。
私は出来る限り東条を視界に入れぬよう心掛ける。
布団を強く握り締め、意識的に東条の存在を排除する。
「やはりオレとは話したくない?」
そっと手に温かいものが触れ、顔を覗き込んでくる。
「ヒュッ!」
ソレが東条の手だと、顔だと認識してしまった瞬間呼吸が出来なくなった。
案の定『花』が咲く。
瀧本と名月が慌てて東条を引き離す。
痛い、怖い、苦しい、イタイ。
ベッドの上でうずくまり、恐怖にうめく私を、瀧本が「大丈夫、大丈夫だから」と繰り返しながら抱き締めてくれる。
何度も、何度も背中をさすられて、落ち着いたら『花』を切除する。
これが、ここ最近の日常だ。
痛みも恒常化してきている。
早く元気になって学校に行きたい。
学校に行けばその間は東条に会わなくて済む。
女の子達の多少の陰口くらいどうって事ない。
だから早く回復したいのに、また、東条が現れた。
最近は贈り物と称して服や花、アクセサリーにスイーツなどが贈られてくる。
「この前贈ったスイーツは気に入ってもらえただろうか?」
「君はどんな花が好きなんだ?温室に好きな花を用意しよう」
多分私にどこかで興味を持って、話しかけてきているのだろう。
だが、こちらは泣き出さない様にする事で精一杯だ。
お願いだから来ないで欲しい。
ただ一言、その言葉がうまく言えない。
恐怖で舌が張り付いたかの様に動かず、言葉が出てこない。
(だめだ、クラクラする。首も背中も痛い……)
やっと帰った、東条の居ない部屋。
苦しくて、悲しくて。
どうしようもなく涙が溢れた。
◇
翌日、麗がまた顔を出してくれた。
「大丈夫?前回よりも顔色悪いよ?」
「……うん。あんまり大丈夫じゃない」
優しく、心配してくれる麗に泣きつく。
「あの日から、ほとんど毎日部屋に来るの。怖いの。でも逃げ出せないの」
そう。
逃げ出せない。
どうせすぐに捕まるだろうし、家への支援が止まれば弟妹達が苦労する。
それだけはダメ。
お金の為に私を売った父や母は別にどうなっても良いけど、妹達には苦労して欲しく無い。
「話を聞くくらいしか出来ないけど、来れる日は毎日来るよ」
優しく頭を撫でてくれる麗に心癒される。
また必ず来るよと約束して麗が帰ってしまうととても重く、寂しい闇が迫ってくる。
(寝ている時だけが幸せ)
私は夢の世界へ逃げ出した。
晃は相変わらず空気が読めないダメ男です。
仕事関係は名月他部下一同がフォローしてくれますが、涼菜に関しては名月と瀧本しかいない為、フォロー出来ないのが現状です。
最近は力ずくで部屋から引っ張り出されます。
2022/11/16 細かい修正を行いました。
お話に大きな変更はありません。




