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25 ナズナ:あなたに全てを捧げます 後編

 あやの回後編です。

 今回は少し長めです。

 昼ドラ感のあるドロドロ感満載です。

 夕方に鳴る予定のないチャイムが鳴った。


「あら、晃!来てくださったのね!教えてくださればお出迎えのご用意をしておきましたのに!」

「うん。気にしないで。ちょっとあやのに会いたくなってさ」


 出て行った母が晃の訪を教えてくれたので、あやのは嬉しさを隠せない笑みで出迎えた。


 晃はソワソワして視線が定まらない。

 なのに、何かこちらに期待する様な、縋る様な色が見える。


 何より自分に会いたくて、連絡もせずに会いに来てくれた、という事実が嬉しい。


「まあぁっ!まぁまぁっ!なんと嬉しい事でしょう!晃にそう言ってもらえるなんて!ええ、ええ、何時でも会いに来られて良くってよ!」


 自然と声が弾んでしまうのは仕方がない事だ。

 あやのの勧めるまま室内に入り、二人掛けのソファに腰掛ける晃。

 何と素晴らしい光景だろうか。

 しかも、何か言いたそうにモジモジとするその姿に、あやのの心は浮き立った。


(ああ、これはブートニエールの申し込みに他なりませんわ!)


「少し待っていてくださいな。すぐにお茶を淹れて参ります」


 ふわふわと落ち着かない気持ちをどうにか抑え、備え付けられたキッチンでお茶を用意する。

 鼻歌が溢れてしまうのは仕方がない。


「よかったわね、あやの」

「あら、まだブートニエールの申し込みとは限らなくてよ。お母様」


 一緒にお茶を用意してくれる『ガーデナー』の母に微笑むと、トレイに茶器を並べていく。


「あら、でも、ほら。見てごらんなさい、あやの。貴女を優しく見つめていてよ?」


 うふふ、と優しく微笑む母に視線を上げれば此方をうっとりと眺めている晃の視線と絡む。

 あやのは嬉しさが膨らんでいくのを止められない。


「まぁ、晃ったら。そんなに見つめられたら恥ずかしいですわ」


 クスクスと笑いながらお茶を運ぶあやのに、ごめんと悪びれずに謝った晃は、差し出された紅茶を一口含んだ。

 緊張が緩んだのか、晃の口からほぅ、と吐息が漏れる。


「それで、晃はどうなさったの?わたくしに会いたいだなんて普段は言わないでしょう?」

「あやのには敵わないな。なんでもお見通しみたいだ」


 照れて微笑む晃が愛おしい。


(さぁ、頑張って晃。わたくしの答えはとっくに決まっていますわ。あとは貴方が勇気を出すだけですわよ)


 心の中で応援しつつ、素知らぬ顔で晃の言葉を待つ。


「うふふ、わたくし晃の事ならなんでもお見通しですわよ」

「実は……」


 当然、ブートニエールの申し込みだと思っていたのに、晃の口から話される内容は、期待を裏切って、あやのを驚愕させた。


 先日から増えた『花生み』日野涼菜。

 『花生み』女子会をして晃は自分の物だと話したはずだ。


 その彼女が、晃を誘惑しているらしい。

 彼女の『花』がどれだけ良い香りで、美味しく、栄養価が高いか、長々と様々な褒め言葉を駆使して説明された時は自分は何を聞かされているのだろうか?と気が遠くなった。


 晃がそれを求めて涼菜から『花』を『摘んだ』?

 それは自分達の運命の出会いを思い起こさせるに充分だった。


 しかも何度も涼菜の元に足を運んで直接『摘んだ』と今晃は言ったのだろうか?


(わたくしはもうずっと晃に直接『摘んで』もらえていないのに?)


 『花』の洗浄の為、と必ず医療班が毛先を含め切り取って晃に渡すので、あやのは晃に『摘まれた』のは最初の一度だけだ。

 それは特別を、運命の出会いを意識させるには良かったが、他の『花生み』が何度も体験しているとなると話は別である。


 そして、直接『摘んだ』為に、晃自身が怯えられてまともに話をする事も出来ない、という事は晃は涼菜との会話を求めているという事だろうか?


 「様々な贈り物をしてみた」と贈ったものを口にする様はまるで恋でもしている様で。

 彼が「贈った」と言われるものの何一つとして、自分は彼から貰った事がない。

 過去に晃におねだりして東条家から購入してもらった事が数度あるだけだ。


 期待を叩き落とされただけでは無く、奈落に突き落とされた気分である。

 自分の表情が抜け落ち、握りしめた指先が真っ白になっている事にすら晃は気付かない。

 その目に映るのはここには居ない「『花食み』につれない『花生み』」で。


 信じたくない。

 自分だけの王子様である晃が。

 あやのだけの『ラペル』が。

 他の女に心を奪われて、しかも自分に相談に来ているなど。


 信じたくなかった。


「つまり、晃は、涼菜ちゃんと、仲良く、なりたいって、ことかしら?」


(お願い、否定して……!)


 感情を押し込め、殊更ゆっくりと話し掛けるあやのに、我が意を得たり、と満面の笑顔で頷く晃。

 それは、あやのに絶望を与えるに事足りた。


「そうだな、言葉を飾らなければその通りだ。あやの程とは言わないが、せめて小毬程度くらいには仲良くなりたい。仲良く出来るなら出来るだけ良いけれど……」


 それは難しいよな、と続いた言葉に、腹に渦巻く怒りを押し隠してあやのは優しく微笑んだ。


「仲良くなりたいのであればやはり何度も会いに行って晃を知っていただくしかありませんわね。多分涼菜ちゃんは拒否すると思いますが、諦めず何度も会いにいくのですわ」


 晃の手に自分の手を優しく重ね、語り掛ける。


(話しを聞く限り、晃に対して相当なトラウマを抱えていますもの。その内、中に入れないくらいに拒絶されておしまいなさい。そうしたらわたくしが優しく慰めて、晃にはわたくししかいないと理解させてあげますわ)


 あやのに、お礼を言って部屋を出る晃を、微笑みの仮面で見送る。


(そのまま大量に『花』を咲かせて栄養不足にでもなって枯れておしまいなさいな!わたくしから晃を、大切な『ラペル』を奪うなんて許さなくてよ!)


 閉まった扉を睨み付けながら、あやのは玄関に飾られた薔薇の花を握りつぶした。


 2022/11/16 細かい修正をしました。

 お話に大きな変更はありません。

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