25 ナズナ:あなたに全てを捧げます 前編
熊谷あやのは激怒していた。
後からふらりと現れて、自分の一番大切な晃を奪おうとする者が現れた。
とても許容できるものではない。
あやのは幼い頃から謎の奇病に罹っていた。
日に当たり過ぎると、髪の毛先に菜の花の様な小さい花が、咲き始めるのだ。
周りの人間はそれを気味悪がり、あやのと関わらない様になった。
父はあやのと母を捨て出て行った。
母はあやのを育てるために、知り合いのコネを使って東条家に住み込みで働き始めた。
そこには他の家族も居て、同じ年頃の子も複数人いた。
あやのは人前では帽子を被り、けして外さなかった。
だが、七歳のある日、転機が訪れる。
使用人の子供たちと屋敷の裏庭で遊んでいる時だった。
かくれんぼに夢中になりすぎて、帽子が取れてしまった。
鬼の子は「髪に花がついているよ」と取ろうとしてくれただけだったが、それはあやのの髪に直接生えている『花』だった。
「痛い!やめて!」
『花』ごと髪の毛を引っ張られる形になり、悲鳴をあげると、その子供の目が見覚えのあるものに変わった。
「髪に花が咲くとか変だよ」
その子の言葉に他の子供たちも集まってきた。
そうして、いつもの様に気味悪がられた。
その中でもこたえたのが「頭に花が咲くなんてお花畑みたいね」「頭がお花畑ってバカっていう意味だぜ」と笑われた事だ。
あやのは泣きながらその場を走り去った。
そして、逃げ出した先で、運命の出会いを果たす。
屋敷の隅で泣いていると、王子様が現れた。
年下で、自分より小柄だが、優しそうな整った顔。
サラリと風に流れる烏の濡羽色の髪。
晃だった。
「何で泣いているの?」
優しく頭を撫でながら話を聞いてくれた。
「その花を取っちゃえば誰も馬鹿だって笑わなくなるだろ」
そう言って一息に『花』をちぎり取った。
ちぎられた痛みにまた泣いてしまったけれど、彼には何故かとても惹かれた。
彼の手の中にある小さな『花』。
みんなに嫌われ、遠ざけられる原因。
彼はそれをパクリと口に含んでしまった。
その瞬間の蕩ける様な満面の笑顔をあやのは忘れられない。
その後、あやのは世間では全く知られていない体質の『花生み』だと言われ『花食み』の晃に囲われて生きることになった。
『花生み』『花食み』の『花体質』に詳しいという研究者に教わった話によると、ブートニエールという素晴らしい関係性まであると言う。
『花生み』である自分と、『花食み』である晃。
この世界でただ二人のみの組み合わせ。
神の采配だとしか思えぬ運命の出会い。
(晃、わたしの『ラペル』)
『ラペル』とはブートニエールの関係にある『花食み』を指す名称である。
正しくはまだブートニエールでは無いのでヤドリギ(協力関係にある『花体質』のこと)であるが、あやのは晃を『ラペル』と心の中で呼んでいた。
晃が中学に上がる頃、小毬がやって来た。
そろそろあやのの花だけでは足りなくなって来ていたので助かったが、かなり警戒した。
しかし、実際に小毬を見たら安心できた。
ガリガリの痩せっぽっちの男の子みたいな子だったからだ。
その頃には、あやのは晃の嫁としてふさわしくなる様に、様々な稽古事を行なっていた。
身体つきも柔らかく、丸みを帯びた女性らしいラインになり、色素の薄い柔らかなウェーブを描く髪は、人目を引いた。
美しく、優雅に、上品に。
蛹が羽化する様に成長していく自分が好きだった。
このまま進めば、必ず晃とブートニエールになって、自分が東条家の血を繋ぐのだと確信を持っていた。
あの時までは。
今回はあやの回。
あやの回は晃回と読み比べてみると面白いかもしれません。




