3 ハナニラ:悲しい別れ
「日野涼菜さん、貴女、身体に花が咲いたりしませんか?」
それは日野家に爆弾を落とす言葉だった。
小さい頃からの奇病。
人の身体から花が咲くという不可解な症状。
花が咲く以外は身体に何も負担も症状もない。
一番心配していたのは当たり前だけど家族、特に母だ。
周りから変な目で見られない様に、なんとか隠そうとあらゆる努力をしてくれたし、お金が無いなりに色んな病院にも行った。
お寺や神社にお参りもした。
でも、手掛かりすらも掴めなかった。
「何か、何かご存じなのですか?!」
そんな暗闇を照らす一筋の光。
名月はゆっくり頷いた。
「身体から花が咲く人の事を『花生み』と呼びます。これは病気ではなく、体質で健康に何ら問題はありません」
その言葉に、家族全員がくたりと力を抜いた。
病気じゃ、なかった……
それだけの事が、本当に本当に嬉しい。
ーーーぽたり。
いつの間にか握っていた拳に熱いものが落ちた。
それが涙だと気付くのに少しだけ時間が掛かってしまった。
「よかった、よかったょ……ぅっ」
小さく何度も良かったと繰り返す母の声に振り返れば家族みんなが力強く頷いてくれた。
「我々は訳あって『花生み』を探していました」
私達家族が喜んでいるのを見て少し困惑した様子で話し始める。
彼らは、とある理由から『花生み』が生んだ花を定期的に必要としているそうだ。
この稀少な花は『花生み』にしか生み出せず探している者は少なくない。
強引に誘拐してしまう者もいるらしい。
首の後ろに出来る花を摘み取り、彼らにその所有権を渡す、代わりに彼らは、私の生活を補償する。
私の衣食住の補償とは別に、目の飛び出る様な価格を提示される。
既に何人かいるが、量を確保する為にもう一人二人欲しいのだとか。
ただし、契約をしてしまうと花の品質を保つために家には帰れず、食事から睡眠時間から全てを管理されてしまうのだそう。
家族と会うのも大幅に制限されてしまうらしく、かなり寂しい思いをする事になりそうだ。
チラリ、と家族を見るとやっぱり渋い顔をしている。
「そうですね、この様に仲の良いご家庭ですから皆様辛いと思われます。出来る限り面会は許可致しますし、涼菜さんをこちらの事情でお預かり致しますので、毎月少なくない額をご家族にもお支払いしましょう」
名月の「毎月一定の額を家に入れる」の言葉に家族の目の色が変わった。
「あの、涼菜は学校には通えるんですよね?」
「ええ、転校して戴く形にはなりますがご希望があれば大学院まで通っていただけます。学費は勿論全て我々で負担いたします」
父の質問に鷹揚にこたえる名月。
背中に何か冷たい物が走る。
「面会は許可を取れば会えるのですよね?」
「ええ、出来うる限り対処致しましょう。ただし、『花生み』にとって重要な時期や状態である場合にはお断りさせていただく事もございます」
母の普段よりも明るく飛び跳ねる様な声。
不思議な言い回しの名月の言葉。
「涼菜の病気……ではないのでしたか、花は身体に害は無いのですよね?」
「ええ、ご安心下さい。一日に沢山花を生んでしまう様な病気に罹らない限り一切問題はありませんし、そうならないために我々が生活を管理させて頂くのです」
おばあちゃんの質問にも笑顔で応える。
「そういえば、こちらの家屋は和風で趣きがあって大変に素敵なのですが、お婆さまにはそろそろ辛くありませんか?余計なお世話かとは思いますが、手すりの追加や段差を無くすバリアフリーホームにリフォームさせていただいても?その際に部屋を追加してお一人お一人に個室など如何でしょうか?」
「え?私の部屋できるの?!」
「僕も一人部屋?!」
「手すりに段差の無い家…」
おばあちゃんも妹も弟も。
「ねえ、おねえちゃん!こんなに良い人の所に行って生活してお花あげるだけとかすごいね!」
「お花はいつも蓮田医院で切ってもらってるんだから何も変わらないよね?」
キラキラと期待に溢れた弟妹の瞳に毎日会えない事を寂しいとは言い出せず。
「ウチではお前を大学に入れてやる事は出来ないと思っていたんだよ。とても良い話だと父さんは思うぞ」
「そうよ、生活には困らない様に整えてくれるって言っているし、寂しいならお母さん達毎日でも会いに行くから」
「あたしも足腰が弱ってきて、最近は玄関の上がり降りも辛くてねぇ」
優しげな言葉で取り繕っているものの、目には「お金」と書いてある両親とおばあちゃん。
(こんなのほとんど身売りと同じじゃない)
唇を強く噛み締める。
優しかったはずの家族なのに…
あんなに心配してくれていた母は?
不器用で残念だけど私達を大切だと言った父は?
どこに行ってしまったのだろう。
この話を断る事など出来ない。
きっと家族が許さない。
「いき、ます……」
「それは良かった!快諾していただけて助かりました!早速契約してこのまま向かいましょう!」
苦々しい思いで言葉を絞り出すと、名月は嬉しそうに用意してあった書類八枚を高そうな書類鞄から取り出した。
東条家と私、そして私が未成年だから、と両親と東条家の契約書だ。
私が東条家管理になる事、『花生み』として生み出した花は東条家が権利を持つ事、それが私の前に二枚ずつ、父の前に二枚ずつ並べられた。
頭の奥が真っ白になった状態で、機械的に自分の名前を書いていく。
漢字四文字はすぐに書き終わってしまって。
あっという間に私は東条家の管理下に入ってしまった。