23 ホトトギス:秘めた意志 後編
「おじゃましまーす」
本日は学校の友達だという水上麗が見舞いに来た。
急に長期間休んでしまった為に、心配した水上が担任教師に願いでて、此方まで来たのだそうだ。
校長から東条家に質問が来て、名月の許可を得て、と、長く待たせしてしまったせいか、水上は自分達に警戒を抱いている様に瀧本には見えた。
ここまで案内してきたメイドや自分達には値踏みする様な、疑う様子を見せていた。
『温室』に上がるや否や涼菜の所へ駆け寄ると、休んでから今までのプリントやノートを持ち込んで色々話し始める。
若い娘達の高く明るい笑い声が響いてきて、瀧本は驚いた。
(私は涼菜様のここまで気を緩め、心を許した様な年相応の笑顔を見た事がないわ。同級生の中でも水上様は特に涼菜様と仲が良いと報告を受けていたけれど、ここまでだとは)
瀧本はため息を吐いて、二人を眺める。
きゃらきゃらとよく笑う涼菜に、様々な話で楽しませる水上。
「でも、涼菜があの有名な東条家にお世話になってたなんて知らなかったよ。そりゃあ、学校で気軽に家の話が出来ないわけだよね」
「ごめんね、どこまで話して良いかわかんなくて」
嬉しい、癒される、ありがとう、と繰り返し本当に嬉しそうに言う涼菜。
最近は暗い表情を見せる事が増えていたので、瀧本にはそれがとても嬉しい。
そんな幸せなひと時に、ポケットに入れた端末に連絡が入った。
こっそり確認すると、浩二が部屋の前に来ているらしい。
瀧本は二人に席を外すと言って部屋を出た。
瀧本は涼菜がチャイムに怯えている事を知っていた。
知っていて何も対策をしなかった。
必要ないと、思っていたから。
だが、三度目の昏倒の後、東条にチャイムを使わない様願い出た。
既に歩けない程弱っているのだ。
これ以上の負荷は耐えられない。
どんなに小さな事でも彼女へのストレスを減らしてやりたかった。
「名月様、ただいま来客中でございます」
事実を告げただけのつもりであったが、その声は多分に非難の色を帯びていた。
「ええ、報告は受けています。少し様子を確認したくて参りました」
「では此方に」
瀧本は玄関脇のモニター室に浩二を案内する。
此処は涼菜の知らない部屋だ。
この『温室』は全ての部屋に死角無く監視カメラが付けられている。
何が『花生み』にとって良い影響を与えるか、何がストレスになり得るか、観察する為『ガーデナー』専用の部屋である。
複数のモニターが並び、下には各部屋、角度の書かれたボタンが並ぶ。
寝室の様子が一番大きなモニターに映し出された。
映像を見ると、普段無表情の浩二が驚いた表情を見せた。
ポカンと口を開けて涼菜に見入っている。
「音声を」と短く出された指示に従い枕元のマイクの電源を入れる。
「早く学校に行きたい」
「うん、私も涼菜が居ないと学校に行く気になれないよ。早く良くなってまた学校に来てよ」
「うん。頑張る」
力なく微笑む涼菜の手を優しく握り励ます水上。
微笑ましい場面のはずなのに、何故だか「誰か助けて」と涼菜が叫びを上げている様に瀧本には見えた。
横で強く唇を噛む名月を横目に、より一層涼菜を守らなくてはならないと心に誓った。




