17 ブルーデイジー:恵まれている
午後の授業が終わると後藤に急かされて東条家に戻る。
部活も、放課後のおしゃべりも、寄り道も無い。
でもそれは元々そうだったから平気だ。
確かにちょっとだけ期待していたけれど、バイトをする訳でもなく、部屋でのんびり出来るのなら良いではないか。
だから、平気。
車の中で、後藤に友達の家に遊びに行くことは出来ないか聞いてみたが、やっぱり難しいそうだ。
“家庭の事情”で断れとやんわり丸め込まれてしまった。
『温室』に着くとまず蕾の確認をされる。
「少し、大きくなっている様ですね。学校は馴染みませんか?嫌になったのであればすぐにお申し付け下さいね。その時は翌日から通わなくても済む様に手配致しますので」
瀧本が心配そうに覗き込む。
「転校初日で緊張したせいだと思います」
笑って答えると、リビングのローテーブルにノートを広げる。
五限目の授業の復習だ。
あ、忘れる所だった。
「瀧本さん、明日からお弁当、少し減らしてもらっても良いですか?」
「普段お召し上がりになっている量よりも少ないくらいでしたが、他人の目を気にしての事でしたら承服致しかねます」
お弁当の量を減らしてとお願いすると、目を三角にして、口早に拒否してくる。
それが私の身体を心配しての事だと判るので、胸の奥がぽわりと暖かくなる。
「いえ、満腹で午後の授業を受けると眠くなってしまって……」
「ああ、そういう事でしたら少し量を減らす様料理長に伝えます」
渋かった表情がふわりと解けて優しい笑顔になる。
代わりに『温室』に着いたらお茶の時間にするのでしっかり軽食を摂取する様に、と言われた。
軽食なのにしっかり摂るってどうなんだろう?
ーーーリンゴーン
チャイムが鳴る。
恐怖が心臓を鷲掴みにした。
ガチャリとドアの開く音がして、名月が入ってくる。
固く強張っていた身体がゆっくりと弛緩していく。
(良かった。「坊ちゃん」じゃない)
努めてなんという事もない表情を取り繕う。
「涼菜さんおかえりなさい。学校初日は如何でしたか?」
どちらかというとワイルド目な造作の彼が、笑顔を作ると目が垂れて眉間に皺が寄る。
それがなんともセクシーに見えるから不思議だ。
「そうですね、まだ慣れませんが、その内慣れると思います」
「お友達も早速出来たそうですね。ただ、授業中居眠りはいけませんよ」
「はい。気をつけます」
成程。
後藤は監視だけで無く私の行動報告もするのか。
「名月様」
瀧本が咎めるように名を呼ぶと、彼は一つ頷き謝罪する。
契約上仕方ない事だけれど、プライバシーが何も無く過ごしづらいだろう、と。
東条家に雇われている身だから全てを止めてくれるわけでは無いけれど、その中で私を守ろうとしてくれる。
そんな瀧本を付けてくれたのは恐らくこの男だろう。
学校に行けば麗がいる。
『温室』に戻れば瀧本がいる。
温室に出ればあやのも小毬もいる
家族からの連絡はまだ無いけど大丈夫。
私は人に恵まれている。
だから、 まだ、 大丈夫。




