2 つくし:驚き
衝動的に飛び出して、荷物を持って来るのを忘れた私は、サイフも無いためトボトボと家に向かって歩いていた。
幸いスマホはポケットに入れっぱなしだったので道が分からないということはない。
心配なのは、何か大変な事に家族ごと巻き込まれる事だ。
恥ずかしい話だが、うちは貧乏だ。
父親の仕事は大工。
建築家、とか設計士、とかではなく、トンカン釘を打ったりする鳶職というやつだ。
腕は悪くないらしいが、人付き合いが壊滅的で仕事の無い月が二、三ヶ月続く事などザラである。
脚の弱ったお祖母ちゃんと、私を含めた三人兄弟、そして父を母のパートが支えている。
高校に行かずに働く事も考えたが、「就職の為にも高校だけは出ておけ」と担任に必死に止められて家から一番近い公立高校に通っている。
毎日高校が終わったら短時間の外食チェーン店でのバイトと、土日のカフェのバイトで学費を賄っていた。
でも、今日でそのバイトを辞めてしまった。
しかも正規の手続きを踏まずに、仕事を放り出す形で。
(絶対今月分のお給料貰えない……)
自分の短絡さに涙が出てくる。
いっそのこと高校ごとやめてしまおうか?
そうすれば丸一日バイトする事が出来る。
バイトから契約社員、そこから正社員になれる仕事もある。
確かにお給料は低いかも知れないけれど、少しだけでも家に入れることは出来るのだからそれも良いかもしれない、と考え始めた頃に家に着いた。
電車で五駅分を半分迷いながら歩いたので辺りはもうすでに暗い。
電灯に照らされた木造平家建て、狭い駐車場に八人乗りのワゴンが窮屈そうに停まっている。
おじいちゃんが購入した家は昔は立派だったのだろうけれど、現在は絶賛雨漏り満載のボロ屋である。
そんなボロ屋の前に私ですら名前を知っている様な、超、高級車が停車していた。
「な、に……これ……」
嫌な予感しかしない。
そっと玄関を覗くと、ピカピカに磨き上げられた大きな男性用の革靴がキチンと並んでいた。
玄関を開けた音に気づいたのか母が顔を出す。
「お母さん……この靴」
「涼菜やっと戻ったのね。良かったわ、貴女のバイト先の方が忘れ物を届けて下さったのに貴女が居なくて……。今、上がって待って頂いてるから早く居間に向かってね」
ただいまもおかえりも言っていないのに、捲し立てる様に話し出すと、ソワソワと落ち着きのない態度で私を促す。
押し出される様にして、居間に入ると予想通り名月が座っていた。
純和風、ついでにオンボロな我が家の居間、六人用の座卓に高級スーツが最高に不釣り合いだ。
「……先程は失礼致しました」
「いや、こちらこそ、場を弁えず急に触れてしまって悪かった」
とりあえず、さっきの無礼を謝ろうと頭を下げると名月もその大きな身体を折り畳んで謝ってきた。
予想外にも程がある。
「まずは、貴女の忘れて行かれた荷物と着替えをお渡しします」
名月の後ろに置かれていた見覚えのある鞄と服が渡される。
お礼を言って受け取ると、彼は改まってこう言った。
「日野涼菜さん、貴女、身体に花が咲いたりしませんか?」