16 黄梅:期待 中編
クラスで挨拶をすると、みんなの視線は後藤に向かった。
担任もどうしていいかわからない様だ。
「私の事はいない者だと思って、普段通り過ごしてください」
艶のある低音でそう言うと、足音を立てず教室の後ろにビシッと立つ。
私の席は一番後ろの廊下側だった。
後ろからの圧がすごい。
「日野さん、なんでこんな時期に転校してきたの?」
「朝車で登校してたよね?」
「護衛とか日野さんってお嬢様なの?」
「え、あ、あの……」
ホームルームが終わると数人の子達が声を掛けてきた。
距離を置かれてしまうだろうと思っていたので、嬉しい反面、少し困る。
質問が多すぎて答える暇がない。
「あんまりいっぺんに話し掛けるなよ。困っているじゃないか」
隣の席のボーイッシュな見た目の子が庇ってくれる。
優しい。
「ありがとうございます。ちょっと家庭の事情で……。今お世話になっているお家の人が心配症で後藤さんを付けてくれています」
止めてくれた人にお礼を言って、他の人の質問に答えていく。
ほとんど全てを濁す様な答え方だけれど、『花生み』だから東条家に囲われてます、護衛と言えば聞こえはいいけど脱走防止の監視役です、なんて言えないから仕方ない。
「ふーん」
私の机を囲んでいた子達はつまらなそうにそう言うとサッサと自分の机に戻っていく。
多分答えが気に食わなかったんだろう。
「気にしない方が良いよ。会ったばかりの人に言いづらい事なんていくらでもあるからね。あ、私は 水上 麗よろしくね」
水上はパチンとウインクして、手を振る。
大阪の女性だけの歌劇団に居る男役みたいだ。
スカートなのにカッコいい。
「今日からよろしくお願いします」
教科書類は全て揃っていたので、授業は問題なく進み、あっという間にお昼休みになった。
授業の合間の休み時間は、遠目にチラチラと見られて結構居心地が悪かった。
お昼ご飯は瀧本が食堂まで持って来てくれるとの事だったが、どんなお弁当なのだろう?
「涼菜は食堂に行くのかい?」
「え?」
水上にいきなり呼び捨てられて、面食らう。
「私も一緒に食べて良いかな?」
「あ、はいっ。一緒に食べましょう」
お弁当を手に、笑顔で続けられると呼び方については何も言えなかった。
水上に伴われ食堂に向かうと既に瀧本が来ていた。
他の人の邪魔にならない様に壁際の席に昼食が用意されていた。
「わーぉ。それ、ほんとに一人分?」
「え、ええ、ちょっと恥ずかしいんですけど……一人分です」
目の前に並べられた大量のお弁当に周りの目が痛い。
水上も苦笑いだ。
おせちを入れる様な四段の重箱が二つ。
ざわざわとどよめく食堂。
「さ、お早く。食べ始めないと午後の授業に間に合いませんよ」
瀧本が急かす。
水上と「いただきます」と言って食べ始めたが、三段目の辺りで辺りがシンとなる。
わかる。
びっくりするよね。
はじめ私もびっくりしたもの。
こんなに食べれるんだって。
「うちの妹みたいだ」
水上がポツリと呟いたのが妙に引っかかった。




