10 バイカウツギ:回想
名月浩二は困惑していた。
首尾良く『花生み』を手に入れ、タイミング良く『花』を生んだ『花生み』を『温室』に閉じ込めて、晃に『花』を届ける。
運が良かったとはいえ、普段から行なっている事だ。
確かに普段渡している『花』よりも大きく、晃の栄養不足を補えるかもとは思っていた。
しかし、その日の晃は普段とは全く様子が違った。
テーブルまで持って行くのを我慢出来ず、部屋に入るなり皿から『花』を奪う様に取り上げ、獣の様に口に押し込む。
数度咀嚼したかと思うと、恍惚の表情で嚥下した。
「はああぁぁぁ……っ」
同性の浩二ですらハッとする程の色気を滲ませて、感嘆のため息を吐く。
うっとりと唇をぬぐう姿に目を奪われていると、人とは思えぬ速さで襟首を締め上げられた。
晃から発せられたとは思ぬ程低い声で『花』の出処を問われるが、浩二は息が出来ず答えられなかった。
その内、自分の中で答えが出たのか、己よりも大きい浩二を文字通り放り投げて、温室に向かう。
普段の晃からは信じられない程のスピードで部屋から出て行った。
浩二は痛む身体で、息を整えながら後を追いかける。
このままでは涼菜が殺されかねない。
『温室』の渡り廊下に着くと、チャイムを連打して、扉を叩く晃が居た。
「早く、早く開けろ!中にいるんだろ?!」
完全に目の色が変わっている。
警備担当者が慌てて鍵を開けると、するりと中に駆け込む晃。
まだ酸欠でふらつく身体を叱咤して中に入ると、土下座している涼菜の頭を抑えて首に生えた『花』が咲くのを観察する晃が居た。
(また咲かせたのか!)
恐怖に震えて、涙を流す涼菜から芳しい香りが溢れ出した。
この匂いは知っている。
二つ目の『花』が咲いたのだろう。
「咲いた、咲いた」と晃がはしゃいでいる。
晃は、震えて身を固くする涼菜に覆い被さるように、咲いた『花』の花弁に噛み付くとそのまま勢いよく噛みちぎる。
「あああぁぁぁぁっ!」
悲痛な叫び声を上げ、涼菜の身体が跳ねる。
ガクガクと身を震わせ、泣きながら「切り取って欲しい」と懇願する涼菜。
その姿に、見ている場合では無いと思い出す。
慌てて動きだそうとした時には遅かった。
再度涼菜の悲鳴が上がる。
晃の齧った『花』の隣に、もう一つ『花』が咲き始めていた。
驚きのスピードで咲いた『ソレ』は香りも大きさも先程の比ではなかった。
ストレスの強さにより、咲く『花』の質が変わるのだろうか?
晃は狂った様に喜びはしゃぐ。
このままでは、涼菜はすぐに衰弱して死んでしまう。
本日だけで既に三つも『花』を生んでいる。
早急に栄養剤を飲ませなくては。
一番近くにいた瀧本が、「『花生み』が死んでしまう」と言い聞かせて晃を止める。
浩二も晃を引き剥がし、医療班を呼んだ。
ピクリとも動かない涼菜に、万が一を想像してしまったが、なんとか生きているらしい。
手早く『花』を採取して栄養剤を与えた。
腕すら上がらない様子で、瀧本が頭を支えて幼児の様に飲ませている。
採取した『花』を二つ食べると落ち着いたのか、晃は静かになった。
しかし、『花』を諦めてはいないのか、物欲し気な瞳で、ただただ涼菜を見つめている。
赤ん坊の頃から知っている晃が、自分の知らない 何かに見えた。




