9 紫のヒヤシンス:悲哀
『花』を直接食べられるという恐怖に耐えられず、三つ目の『花』を咲かせた私に、「坊ちゃん」は大喜びで、恐ろしいはしゃぎ方を見せた。
その様子を見ていた瀧本が、このままでは死んでしまう、と止めてくれなければ恐らく命を落とすまで食べ続けられていただろう。
まだこの『花』を食べたいのであれば、殺さない様に花を切り取ってから私を休ませるように、と言って「坊ちゃん」を抑えてくれた瀧本には後でお礼を言わなくてはならない。
ベッドルームに運ばれた私はついさっき別れたばかりの医療班の人達に『花』を丁寧に切り取ってもらった。
感覚がなくなってしまったのかと思う程、痛くない。
やわやわと羽根で撫でられている様な安心感に全身の力が抜けるのを感じた。
瀧本から渡された栄養剤を飲むと、途端に強い睡魔が襲いかかってきた。
ベッドまで瀧本と、護衛であろう人に運ばれながら、私はそのまま眠ってしまった。
夢の中で、あの日バイトで見た東条晃が優しい笑顔を浮かべながら私の頭を撫でて、キスして去っていった。
私の人生で、一番近くで見たイケメンと、人生初の大きなベッドルーム。
夢の舞台とはいえ、それ以外知らない自分の想像力の無さに、笑いが出た。
でもそれは甘くて、とろける様なキスだった。
身体の奥から元気が湧き出すみたいで、幸せだった。
目が覚めると昼だった。
一瞬自分が何処に居るのか分からなくなって混乱したけれど、ここは東条家だ。
ぼんやりとここに来た経緯を思い出していると、昨夜の狂事が蘇ってきた。
ザッと血の気が引く音がして、身体がガクガク震える。
あんな風に乱暴に扱われた事なんて無い。
あんな、人ではなくモノの様に扱われた事なんて、無い。
ーーーメリメリ
ここに来て、もう何度も感じた痛みがまた首筋に走る。
ビーッビーッ!と警告音が腕に着けた装置から鳴る。
「涼菜様失礼致しますっ」
ベッドルームのドアが開かれて瀧本が駆け込んでくる。
素早く私の首の後ろを確認すると、昨夜飲まされた栄養剤を渡してきた。
「昨日あの様に大きな『花』を三つも生み出されたばかりですのに、まずは此方をお飲み下さい」
味はあまり美味しいとは言えないものの、栄養剤と言われたら飲まざるを得ない。
グッと一気に飲み干して、水をもらう。
「あまり御無理なされません様に、他の『花生み』様達はひと月に二、三個生まれる程度でこちらにお住まいですので」
気遣わし気に何度も背中を撫でてくれる。
その温かさにゆっくりと息が吐ける様になる。
私はお金に負けて、とんでもない場所に来てしまったようだ。
ぽろりと熱い水が溢れた。
涼菜はまだ「坊ちゃん」と晃が同一人物だとは知りません。
他所行きの大人しい「御曹司の東条晃」を見ているので、恐ろしい「坊ちゃん」とは別人だと思っています。
兄弟かどうかなど考える余裕はまだありません。




