08. 再会
フォスティーヌは木漏れ日の中、ゆっくりと王宮の中庭を散歩する。
抱っこされているだけだというのに、赤子は外に連れ出せばよく寝るし、散歩に連れ出さなければ眠くないとむずがるのだ。
フォスティーヌが産んだのは、自分と同じ色を持った王子だった。
抱いた息子を眺めれば、一日があっという間に終わってしまうほど飽きない。
目元と鼻筋はお父様譲りね……。
我が子に愛しい人の面影を探す。打算で近づいた相手だったが、別れる前には確かな愛があった。
「成長すれば、お父様に似てくるのかしら?」
「似るかどうかはこれから比べていけば判るんじゃないかな」
フォスティーヌの独り言に、返ってくる筈のない言葉が返ってきた。
「――!!」
声の方を振り返れば、久しぶりに見る顔があった。
「どういうこと……?」
震える声で問えば、笑みが返ってくる。
「もう一度会いたくて、全部捨てて出てきたんだ」
「全部って……!」
互いに素性を明らかにすることはなかったが、身元は調査済みである。ダスティンは王位継承権は低くとも王子だ。過ぎた望みを抱きさえしなければ、悠々自適な将来が約束されていた。生まれ育った国だから、親しい人たちもいるだろう。勿論、家族も。
捨てたものの重さを考えれば、嬉しいという気持ちも吹き飛んだ。
「莫迦じゃないの」
「ヒドいな、ここは「会えて嬉しい!」か「愛してる!」って言って抱き着く場面じゃないか。ああ、口づけでもいいな」
一部、女言葉と裏声で話す男は、間違いなくフォスティーヌの愛した男だった。
「ダスティン!」
フォスティーヌは息子を乳母に渡すと駆け寄る。
バッシーン!
派手な音を立てて、頬を張り飛ばす。
「言う訳ないでしょーっ!!」
叫んだフォスティーヌは涙目だった。
叩かれたダスティンよりも痛そうだ。
「捨ててきたなんて軽々しく言わないで! 家族と二度と会えないのよ? 家族仲は悪くないって言っていたじゃない。学校のことだって楽しいって、友人たちと寮の門限破りしただとか、舎監に隠れてお酒飲んだだとか、楽しい思い出がたくさんあるのでしょう? 友人たちとだってもう会えないのよ? 全部捨ててきたなんて、どうして簡単に言えるのよ!」
言いながら涙がいく筋も頬を流れ落ちる。
たった三年、自分はたった三年、国を出ただけで心細かった。だというのに目の前の男は軽いノリで捨てたと言う。決して本心からの言葉ではないのを判っても、それでも言ってほしくなかったのだ。
そんなフォスティーヌを腕の中に閉じ込めて、ダスティンはなおも言葉を紡ぐ。
「ゴメン。でも捨てなきゃ、二度と会えないんじゃないかって。君とのことを思い出にしたくなかったんだ。二人で共に歩く未来を手に入れたかった」
「莫迦よ、あなた。私一人と家族と友人を天秤にかけるなんて」
「仕方ない。たった一人が何十人にも匹敵するほど重いのだから」
「乙女に何てこと言うのよ。重いなんて失礼だわ」
「処女はおこがましくない? 子供まで産んでおいて」
ダスティンの言い草に、フォスティーヌはぴたりと身体の動きを止めた。
「……」
恋人の動きの変化に気付かない男は、久しぶりの逢瀬を堪能する。
甘い香りも華奢な身体も久しぶりだ。
「離れていた分、一緒にいたいな」
「……」
「子供もたくさん欲しいな」
「……」
「ねえ、聞いてる?」
「……聞いてない」
むくりとダスティンの顔を見上げた。
「どうして聞かなきゃいけないの? 重いだとかおこがましいだとか、失礼なことばかり言う男のことを!」
腕を振りほどき距離を取る。
「子供は私がきっちりと責任と愛情をもって育てます!」
「えっ! いきなり何なの!?」
変化に気付かない鈍感男はオロオロするばかりだ。
「あ、アゼリア!?」
「私はアゼリアではありません!」
「本名が違うっていうのは知ってるけど! でも俺のアゼリアだ!」
再び腕の中に仕舞い込む。
ジタバタと暴れるフォスティーヌだが、本気で力を込めた男に敵う筈もない。
「ちょっと……!」
「あまり切ないことを言うな」
いきなりの真面目口調に動きを抵抗を止める。
「探したんだ。探してようやく見つけた。名前も髪の色も判らない。姿絵だって無い。自分の記憶を頼りに……。何度だって諦める選択はできた。でも会いたかったんだ。一目会えればなんて言わない。ずっと共に歩いていきたい、拒まないでくれ」
「……私も、本当は一緒に歩いていきたかった。でも私の為になにもかも置いて行ってなんて言えなかったわ。傍にいてくれるなら嬉しい、結婚してって何度でも言いそうになったのだから!」
「大丈夫、家族は判ってくれる。何年か経ってほとぼりが冷めたら、一緒に挨拶に行こう」
「……はい」
一年半振りに再会した恋人たちが、二度と手を放さないと誓った瞬間だった。