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05. 婚約者との関係 2

 葉の緑が深い季節になった。


 頬をくすぐる風に熱をはらむようになった。


 ルイーズとはあれから月に二回の割合で顔を合わせている。婚約者との仲を深めるという名目だが、決められていなければ会うことはないだろう。既に五回ほど茶会を開いているが、上辺だけの当たり障りのない会話を続けているだけだった。人気のある舞台があるから観に行くということもなく、周囲に決められた通りの付き合いに終始している。王宮の四阿での出来事のような、感情を表に出すこともない。


 見た目には関係が改善され、仲を深める初々しい婚約者に見えるだろう。


 しかしダスティンとルイーズの諦念の上で成り立つ婚約だ。

 きっと結婚するまでも結婚してからも、二人の関係は変わらないのだろうな。


 居心地を良くするための関係改善くらいはできたらと思うが、他に心を残した状態で、歩み寄るというのは、ルイーズにとって不誠実に映るのだろう。


 自身も同じように他人に懸想している状態だからこそ、少女らしい潔癖さで否定したいのかもしれない。


 ある程度、気持ちはわかるが、だからといって慮る気はまったくない。誠実とは言い難い態度をとっている婚約者に、お互い様という気持ちしかないのだ。


 波風を立てず周囲に合わせるというのは、貴族の処世術だと割り切った。


「これを……」


 ジャケットのポケットから箱を取り出す。

 婚約者なら時々は日常使いのアクセサリーくらい贈るのが普通だろうと、マクレガン家に来る途中で立ち寄った店で買ったものだ。


 箱にはピンク色のリボンと小さなチャームが付いている。


「ありがとうございます」


 ルイーズは笑みを浮かべながら箱を開封し始めた。嬉しそうな顔に見えるが作り笑いだ。上手に表情を作っているが、心のない笑みなのが判るように敢えて見せるところが嫌らしい。


「素敵なアクセサリーですね。次回のお茶会でつけさせていただきます」


 箱の中にはアクアマリンのネックレスとイヤリングが入っていた。


 今年のドレスはオレンジ色が流行しているらしいから、それに合わせたアクセサリーにした。ドレスの色の濃淡がどうであれ、淡い青色なら大体のものに合うだろう。


 いくら心の通わぬ婚約者だといっても、似合わないものを贈ったり、流行を外した物を贈って波風を立てるほど、子供ではない。


「素敵ですわ。次回のお茶会でつけさせていただきますね」

「箱のなかよりもルイーズの胸元の方が、美しく見えると思う」


 アクセサリーは婚約が決まった直後に贈った。

 お返しにとルイーズから万年筆が贈られてきた。


 その後は訪問する側が街の有名店の菓子を持参するというのが続いている。作法読本(マナーブック)に書かれているお手本通りの婚約者同士のやりとりが続いていた。波風を立てるより流された方が楽なのだ。


「婚約者とはどう?」

「まあまあ悪くはない感じになったかな」


 同級生の問いに可もなく不可もなくとこたえる。形ばかりの政略で、実質的な恋愛結婚ならともかく、家の都合を全面に出した婚約など、どこもこんなもんだろうと思っている。少し前までの険悪な状況を考えれば、今の方がマシかもしれない。神経をすり減らさないで済むという意味では。


「まあ険悪な関係は解消されただけマシになったんだから良かったな」

「ああ、そう思うようにしている」


 自嘲気味に笑えば、相手も苦笑する。

 貴族の結婚なんかこんなものだと、お互い理解しているのだ。


「王子だと三男でも爵位もらえていいよなあ」

 婚約の話はそれきりだと、話題を変えてきた。


「それくらいしか利はないけどね。臣籍降下したところで王家の血からは逃げられないから、不自由な生活が待ってるよ」


「不自由ったって、貴族なんかみんな不自由なもんじゃないか」

「そうともいうね」


 同級生は相槌を打った後、話題を変えた。

 特筆すべきことのない友人の話を続けなくても、話題ならそれなりに色々とあるのだ。


 ダスティンは適当に友人と話を合わせながら、別れた恋人のことを思い出す。

 婚約者が決まるまでのひと時の恋だと、割り切った関係だと思っていたが、存外尾を引いている。


 もっとも別れの直前まで愛を囁き、忘れないために持ち物を貰い受けた時点で引きずるのは判りきっていたことだが、初恋をそっと心の奥底に仕舞い込むことができると過信していた。


 アゼリアはいまどうしているのだろうか……?


 もし彼女が何もかも捨ててくれるというなら、自分もすべてを捨てて駆け落ちしても良いと思うほど気持ちを残している。


 ふとした拍子に思いが溢れ出し、暴走してしまいそうな自分がいる。


 もう一度会いたいと思うが、会ってしまえば離れられなくなるだろう。


 あまりよくない傾向だとは判っている。


 頭では理解しているが感情は抑えられそうもなかった。

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