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02. 別離

 ダスティンは小さな口づけを何度もアゼリアに散らす。


 白い肌をほんのり上気させた彼女はとても愛らしい。潤むような瞳も、背中の半分以上を隠すピンクの髪も、何もかもが可愛らしくて手を放し難くなる。


 しかし抗う気持ちを無理やり抑えつけ、身体に回した腕をそっと放す。


「ダスティン様……」


 容姿同様の可愛らしい声で名前を呼ばれると、もう一度、自分の腕の中に閉じ込めたい衝動に駆られた。


「ダスティン様……」

 再度、名前を呼ばれる。


「……お別れしましょう」


「……うん、そうだね」


「卒業まであと一年あるけれど、最上級生になれば結婚話の一つも出てくるでしょう? 交際相手がいるのに婚約するのは相手に不誠実だわ。そろそろ潮時だと思うの」


 この秘密の恋は、学生の間だけと決めていた。


 アゼリアが言い出さなければ、ダスティンが話を切り出していた。今日、別れると決めてはいなかったが、アゼリアの言う通り、婚約を仄めかされた時点で別れ話を切り出す必要はある。


 ダスティンは王子だ。


 アゼリアは貴族のドラ息子がお忍びで街歩きをしていると思っているだろうが、実際のダスティンは第三王子だ。


 王太子である兄は既に結婚して男の子が生まれていて、現在の王位継承権は四位とあまり高くない上に、これからもっと継承権は低くなる。


 まだ婚約者の決まってない青年王族とはいえ、卒業を前に相手が決められることになっている。自分の婚約者は政略が絡んだもので、王の決めたものになるだろう。王族の特権を得ているのだから、義務として政略結婚を受け入れなければいけない。相手が決定する前に別れるのは、相手に対する誠意みたいなものだ。


 アゼリアにも付き合う前に大よその話はしてある。家のために結婚する身である、どれほど深い仲になっても結婚はできそうもないと。


 貴族の子弟であっても、偽りの身である資産家の息子であっても、家のための結婚は珍しくないから、話している経歴に矛盾は生じない。


 とはいえ肌を重ねておいて何もなかったように別れることに、今となっては後ろめたさを感じている。


「罪悪感なら感じなくても良いわ」


 アゼリアは心の中を透かしたように、微笑みながら話しかける。


「私も郷里に帰って、親の決めた結婚をしなくてはいけない立場だって判っているのでしょう?」


 服を手早く身に着けると言葉を続ける。


「この恋を胸に残せば、望まない結婚にも耐えられると思うって言ったじゃない」


「僕も同じだ。貴族なんておしどり夫婦と言われても、愛人がいるなんてザラだしね。政略が絡んでるから、妻と本音で語り合うのも難しい」


 きっと妻は実家の利を望む。何でも聞いてしまえば国が傾く。結婚と同時に臣籍降下する王子だとて例外ではない。


 夫婦円満と愛情は、決して同一ではないのだ。


「お互いのことを詮索しない約束だったけれど、大体のところは判っているでしょう? 私だって使用人に囲まれ、かしずかれる身分だって」


 そう、判っている。


 判ってしまうのだ。


 発音や言葉遣い、ちょっとした仕草や食事のマナーで、どういった階級出身なのかは。


 アゼリアは少し辺境の訛りがあるものの、間違いなく貴族の令嬢として教育を受けている。本来だったらこんな風に身元を隠す男と密会できる立場ではない。


 きっと国境周辺に領地を持つ貴族家の令嬢。


 しかし王家に縁付くには爵位が足りない。


 アゼリアの言葉から推測する彼女の出身地周辺には、男爵家や子爵家などの下位の小領主だけだ。


「侍女や護衛を撒いて二人きりになるのは楽しかったわ」


「僕もこんな開放感は今まで経験したことがなかったよ」


 一人で外出できない身分なのは二人とも同じだ。地方貴族らしいアゼリアには、付き添いの侍女が一人きりだったけど、ダスティンの方は護衛が二人ついている。彼らは学生の間だけならばということで、見ない振りをしてくれているだけだ。


「最後に贈り物をしても良いかな?」


 言いながら内ポケットから小さな箱を取り出す。受け取って欲しいと言えば、躊躇いなく受け取って蓋を開けた。


 中にはピンクダイヤのネックレスが入っている。普段使いできる小ぶりなものだから、露出の少ない昼のドレスなら服の下に隠して身に着けられるだろう。


 もし服の外に出してつけても、彼女の本当の身分でも恥ずかしくない程度には良いものを選んだ。


「付き合い始めの頃だったら断られると思って。お互い忘れた方が良いのは判ってるけど、忘れて欲しくない。僕もずっと忘れない」


「嬉しい、でも私は何も用意していないわ」


「だったら、そのブローチを貰えるかな?」


 今日のアゼリアはスカーフを留めるのに、アメシストを使った大ぶりのブローチを付けている。ラベンダー色のアメシストは男性が身に着けるにはやや甘すぎる色味だが、中石の大きさは申し分なく、デザインはシンブルでダスティンが身に着けてもおかしいとまでは言えない。


 きっとマントを肩に留めるときのピン代わりとして、日常使いできるだろう。


「好きだ」


「私もよ、大好き……いつまでもずっと」


 二人ともプレゼントを身に着けて見つめ合うと握手して部屋を出る。部屋を出てからはどちらも振り返らなかった。


 密会する訳ありの男女のために、階段も出入り口も複数ある。


 ダスティンはあえてアゼリアとは違う階段を使って一階に降りて店外に出た。恋愛は子供の時間の終わりと同時に終わりを迎えた。次に会うときは見知らぬ誰かとしてだろうというのは判っていたのだ。

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