01. 偽りの恋人たち
別作品の差し替えに行き詰まっており、ちょっと逃避のために書きかけ中の作品を完成させました。
「ダスティン!」
街の中心の噴水の側で待ち合わせていたアゼリアが大きく手を振る。
ピンクの髪が陽光に照らされながら、ふわりと風に流された。
白地にミモザを思わせるレースの縫い付けられたワンピースが可愛い。
ちょっと良いところのお嬢様のお出かけといった風だけど、多分、彼女は貴族令嬢だ。
自分も似た階級出身だから、裕福な平民を装っても何となくわかる。
「アゼリア! 昨日ぶり!」
恋人の声に負けない大声で返すと、小走りで駆け寄る。
大通りの喧騒の中なので、大声といっても周囲が振り返るほど大きくもない。
ちょっと声を張ったくらいだ。
「待った?」
「いいえ、ほんの少し前にきたところ」
そう言ってアゼリアはにっこりと笑う。
「今日は市が立つ日だから、店をみてまわらないか?」
「いいわね、この前みた砂漠の国のランプが見たいわ、また来てるかしら?」
モザイクガラスで飾られたランプは、異国情緒溢れるものだった。
ダスティンは寝室に飾ったら雰囲気がありそうだと思ったが、口には出さない。
清い関係ではないが、期間限定の恋人に自宅の話は憚られる。
二人は手を繋いで出店を見て回り、休憩がてら屋台で買った串に刺した肉を食べた。
初めて二人で食べ歩きをしたとき、アゼリアはどうやって食べれば良いのか判らずにおろおろしていた。
こうやって食べるんだと、串にかぶりついて見せれば、恐る恐るといった感じで肉を齧っていたけど、今は豪快に大口を開けてかぶりつく。良い食べっぷりだ。
「香辛料が利いていて美味しいわ」
「普段の塩だけのも良いけど、こういうのも良いね」
今日は砂漠の民が多いのか、食べ物の屋台もあちら風をよくみかける。粗塩をかけただけの肉も旨いが、何種類もの香辛料を使った複雑な風味の肉も旨い。
「ランプのお店だわ!」
アゼリアが指さした方には、店先にいくつもランプを下げた店があった。
赤や青の色ガラスのタイルを使ったランプは、照明としては少々物足りないが、風情はあった。
「どれが良いかしら?」
「これなんかどうかな?」
青タイルの地に六弁の花をイメージした白タイルの模様のランプを指す。
「このランプは魔石を入れるところが下に有って、取り換えが楽なんだ」
愛想の良い店の主が説明を始める。
ランプ下の金具は蓋になっていて、簡単に魔石を入れられる。蓋を戻せば魔石が魔法陣の中に入る仕組みだ。
「灯すのがボタンひとつでできるから便利だよ」
蓋になる部分の中央についてる飾りを押し込めばランプが明るくなる。
「本当に便利だわ。使いやすそう」
「消費魔力も少ないし、魔石の大きさもいくつか選べる、良い物だよ。その分、お値段はちょっと張るけどね」
蓋の内側は同心円状に溝が彫ってあり、魔石が動きにくくなっていた。
今入っているのは親指ほどのごく小さなものだけど、赤ん坊の拳くらいの大きさまでは入りそうだ。
「決めた、おじさんいただくわ」
少し悩んだ後、アゼリアがそう言いながら財布を出す。
「ここは僕が……」
「そんな、私だってお金を持ってきているのに」
「お嬢ちゃん、こういうときは「ありがとう」って言うんだ。男に花を持たせてやんな」
「……ありがとう」
少しはにかんだようにお礼を言うアゼリア。目元が少し赤い。
付き合い始めて約一年、こういったところはまだ初心なままだ。
屋台の商品にしては高いけど、貴族の買い物しては安いくらいの代金を支払ってランプを受け取った。
割れ物だからと何重にも布で覆われたから嵩張る。
「落ち着いて食事をしようか?」
市に行くために朝から待ち合わせたから、買い物を終わったら昼過ぎだ。
昼食を摂るには少しだけ時間が遅いから、店は空いているだろう。
「そうね、買い物もできたし満足だわ」
同意したアゼリアと一緒に、表通りから一本入った店に入る。
看板が出ていなくて、うっかりすると通り過ぎるような目立たない店だけど食事は美味い。
中に入れば予想通り客は少なかった。
表の喧騒は店内には届かず、落ち着いた雰囲気だった。
店主のお奨め料理を頼む。
食事を堪能した後は二人で二階に上がった。
客は男女二人組ばかり、いわゆるそういう店だった。
料理が美味く静かな上に雰囲気も良いから、たまにデートとして食事だけを楽しんで帰る客もいるが、ほとんどが二階目当ての客ばかりだ。
アゼリアの腰を抱きながら、二人で階段を上る。
初めて来たときは緊張したものだけど、何度もこういった店を利用していたら、いつの間にか慣れていた。
「触れたかった」
ドアに鍵をかけた後、ゆっくりと抱き合う。
「私も」
アゼリアは少しはにかんだように微笑んだ後、ゆっくりと唇を重ねてきた。
最初は口づけ一つで真っ赤になっていたけど、今では自分から口付けてくるくらいには積極的だ。
服のまま寝台に上がり、思い出しながら今日の買い物の話をする。
「お肉、美味しかったわ。調合済みの香辛料があったら欲しかったのに」
「欲しかったけど、家の料理人が作ってくれるかな? 庶民の食べ物なんてって怒り出しそうだ」
「確かに一理あるわね」
お互い家名を名乗ってないけど、上流階級出身なのはなんとなく判るものだ。
貴族家に雇われているプライドの高い料理人が、異国の、しかも庶民の料理を頼んだら激怒しそうだ。
「王都だから食べられるけど、領地に戻ったら食べられなさそうだね」
「ええ、本当に。きっとまた食べたいって思うわ」
結婚してからもお忍びの格好で街歩きを楽しめるとは思っていない。
アゼリアもそうだろう。
だから『今』を楽しむ。
どちらからともなく唇を合わせる。
深いそれは角度を変え、何度も相手を求めた。
良ければ別作品『三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! ~幼な妻のたった一度の反撃~」も読んでみてください。