お夕飯をっ!
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マクマクさんに無事家まで送り届けられて、わたしはあることを思いついた。
今日、彼はわたしから何も受け取らなかった。制服代もクレープ代もいらないよ、と。それはお金が関係していて、ならばお金じゃないものなら大丈夫なんじゃないかと思ったんだ。
でも、これから彼に言おうとしていることは、わたしにとってはとても勇気のいることで。心のどこかで断られたらホッとする自分がいるんじゃないかなとも思った。言わないほうが楽じゃないか。彼は、わたしに対して何も求めてないんだからわざわざ……。
けれど、それじゃあいけないと己を鼓舞する。
相手が見返りを求めないから、厚意だけを受け取って、当たり前のようにぬるま湯に浸るようなことは良くない。頂いた厚意はちゃんと返さねば。
「じゃあ、また明日」と、店の出入口で去ろうとするマクマクさんを止めたくて、迷っていた雑念を払って呼び止める。
「あ……のっ」
あまりの緊張で、声と息の吐き方がバラバラになってしまい、変な抑揚がついてしまった。
もう一度「あの……」と言い直した声音は、弱く小さく、消え入りそうだ。
いやいや、ここまできたなら頑張れよ、わたし。
膨らんだ風船が割れるような勢いで、わたしはマクマクさんに叫んだ。
「お夕飯食べていって下さい!!」
言った。言えた。今ので十年は寿命縮まったけど。心臓飛び出しそうだったけど。
うん、言えた!
閊えていたものがとれたようなスッキリした気持ちで、わたしは胸に手を置いて心臓を落ち着かせる。
「今日のお礼をまだ何もしていませんし、お夕飯といっても、昨日作った野菜鍋を温めるだけの質素なものですが……」
泳ぎそうな目を瞼をとじて俯くことで、なんとか堪える。
必死に「お夕飯食べていって下さい」なんて、逆に引いたかもしれない。もしかしてわたし、やらかしちゃったかな?
不安でどうしたらいいかわからずに固まっていると、「一緒に食べていいの?」と、嬉しい気持ちを含んだような声が返ってきて、わたしは顔をあげた。
マクマクさんが頬を少し赤くして、破顔した。それがなんだか宝石のようにキラキラ輝いていて、ああ、本当に嬉しいんだなと思うと、わたしの胸もなんだか温かく、ムズムズした。
昨日の野菜鍋は、キャベツ、じゃが芋、人参、玉ねぎ、ウィンナーをコンソメ塩コショウで煮たポトフ。手軽に出来るし、なにより身体が温まる。そこに売れ残ったパン一個でもあれば充分だ。
この国には醤油や味噌といった文化がないから、煮物や照り焼き、味噌汁なんかが作れないのは少しもどかしい。小麦はあるけど大豆や麹菌はない。それらがどこかで手に入れば醤油や味噌も出来ると思うんだけれど。
石窯を開けると、中の火は僅かになっており、温め直すのに丁度よい温度になっていた。
わたしはその窯へ鍋をゴトリと入れる。
あれ? もう少し奥のほうがよかったかな。
わたしが鍋を動かそうとするも、鍋が重い。
この火力に耐えうる鍋のせいか、本当に重いのよ。変な体勢で鍋なんか持ったら、腰をやられるくらいに。
鍋よ動け、とばかりに呻くと、マクマクさんが「僕がやるよ」と言って、石窯にミトンをした手を入れる。
「もう少し奥にやればいいの?」と訊かれ、コクコク頷く。重い鍋は、マクマクさんがやれば簡単に奥へと移動した。さすが、小麦粉三十キロを抱える人。
「あっ、わたし、パン用意します」
たしか少し残ってたと思うから。
ミトンを外したマクマクさんが、なにやらじゃが芋の麻袋を見て「ミハルちゃん、あのじゃが芋を使って一品作っていい?」と訊いてきた。
そんな申し訳ない、と思いながらも「お願いします」と言わんばかりにお腹が盛大に鳴って、マクマクさんが「ふはっ」とふきだした。
「じゃあ作るね」と、じゃが芋を数個手にして皮を剥き始める。
どれだけ卑しいんだ、わたしのお腹は。
恥ずかしさのあまり顔に熱が集まり、そそくさと売り棚へ行き、パンを何個か回収して、籠に入れる。
惣菜パンと菓子パンを見る。
本当なら食パンのほうが今晩のおかずにはあっているような気もするんだけど……。
そう考えると、顔の熱はふっと吹き消したように霧散した。
温かいやや小ぶりの食パン。
いつも朝のテーブルに必ずあった手のひらサイズの食パン。
──わたしは、食パンだけはどうしても作ることが出来なかった。
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