わたしは知ってしまった
「さて。お引き取り願いましょうか」
担ぐ男は、ひぃと声を引きつらせて、わたしを担いだまま大通りへと駆ける。
「どこ行くんだよ、おっさん」
その担ぐ男の足がバランスを崩し、男はわたしを放り投げて派手に転んだ。
わたしは見た。
担ぐ男の片足が後ろに来たときに、誰かがその足を引っ掛けたんだ。でも、それでわたしは放り投げられて地面に叩きつけられて──、
「……っ」
──ない。あれ?
なんかポスッて誰かが受け止めてくれた。
「よかった。無事で」
はぁ、と安堵の息が吐かれる。
声でわかる。安心できる優しい声音。
「マクマクさん……?」
ということは、足をかけたのは。
「お前、何やってんだよ」
リフさんだった。いや、機嫌悪いなぁ。まぁ、当然か。強引にお店出てきちゃったわけだし。
「あの……それは……」と、言い淀んでいると、突然「わぁぁああ!」と、担ぐ男が起きて、なかば錯乱状態でリフさんに殴りかかってきた。
が、リフさんは軽く避けて、相手の突き出した腕を掴んでからの鮮やかな一本背負い。地面に叩きつけて、そのまま取り押さえた。まるで犯人と警察のようだ。
「いちおう騎士呼んであるからな。それまで大人しくしてろっての」
担ぐ男は観念して、地面に脱力した。
脱力した男を見下ろしたシルスさんが、身構えているもう一人の男を見やる。
「妻を護るために、わたしたちはある程度の武術を嗜んでいます。申し訳ないのですが、あなたたちに勝ち目はありません」
口調は穏やかで優しそうだけれど、目が笑っていない。冷たい軽蔑の眼差しを男の全身に浴びせる。男は敵意を向けて睨んでいるが、余裕はない。
シルスさんは目を細める。
「それとも、わたしと勝負しますか? いいですよ。なんなら一対ニでも。負けませんから」
事務員のシルスさんの腰を落とす構えは、拳法のそれだ。
男も理解したのだろう。
「おい! いつまで寝てやがる。行くぞ!」
そう言って男が逃走すると、リフさんに捕まえられていた男も、渾身の力でリフさんを振りほどき、ヨロヨロと転がるように逃げ出した。
わたしは、小さくなる男たちの後ろ姿に、今更ながらに身震いした。
地下に閉じ込められてしまったら、もう皆に会えなくなっていたんだ。
そう思うと、とてつもなく怖くなった。
きっと無意識に震えていたのかな。
「ミハルちゃん」
マクマクさんが柔く笑み、わたしの手を掴んで引き寄せ、震えを鎮めるように強く抱き締めた。
「もう大丈夫だよ」
温かい体温。
一瞬、何が起こったのかわからなかった。
けれど、マクマクさんの胸に押しつけられたわたしの耳には、穏やかな音吐とは反対に、速くて強い鼓動の音が聞こえた。それだけ心配をかけてしまったということなのだと思う。
ごめんなさい、と呟いて、マクマクさんの服を小さく掴む。
「あの、どうしてここが?」
「ミハルちゃん、ずっと無理してたから、今日こそはとめようと思ってね」
追いかけてきて……くれたんだ。
リフさんが来て、蹲踞して頭を撫でてくれるので、申し訳ない気持ちを抱えながら遠慮がちに振り向く。リフさんは、口を引き結んで眉間にシワを寄せていた。
「だから言っただろ。一人は危険だって」
怒っている。口調は怒っているんだけど、心配したといわんばかりに目尻が下がって苦笑していた。
胸の中にあった僅かばかりの恐怖の欠片が、ぶわわっといっきにのぼって、目が熱くなる。
恐怖と安堵がないまぜになって言葉に詰まっていると、突然リフさんに鼻をつままれる。
「ったく。怖かったな」
これは、彼なりの優しさなのだ。そう思い至ると、ポロポロと涙と言葉がうわうわ溢れる。
「師匠……右騎士様の羽織物見せたのに」
「右騎士様の歴史を知っても尚、攫おうとする奴もいんだよ」
覚えとけ、と鼻先を揉まれる。
あうあう。
「でも、せっかくリフさんが捕まえてくれてたのに、逃げちゃったね」
また……あんなことが起こるかもしれないと思うと、不安が絡まり、指先から冷えていく。そんなわたしを見てか、シルスさんが「心配ありませんよ」と言ってくれる。
「地下がある家はそんなに多くありません。そのことを騎士に報告し、彼らには、元右騎士様にしっかり絞ってもらいましょう」
シルスさんは柔く微笑む。
けれどわたしは知ってしまった。
その微笑みを携えて、あの凄まじい蹴りを打ち出すのだ、彼は。
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