雨とぬくもり
いつも読んで下さりありがとうございます!
冷たい雨は、どこか寂しいですね。
お兄さんは、とても背が高くて優しい顔立ちをしている。どの角度から見ても整っていて、まるでモデルだ。マフラーでさえ彼を彩るアクセサリーのよう。
わたしの頭頂部が彼の二の腕くらいのところにあって、どれだけ背が高いのだろう、と彼を少し見上げてそう思った。けれど、そのままジッと見ていたらただの変な人だと思われるので、すぐに正面を向く。
辺りは暗く、雨のせいかガス灯の灯りも気持ちぼやけている。
傘に落ちる雨音で、二人の雨を踏む足音はよく聞こえない。
それにしても今日は冷える。
はぁ、と息を吐くと、白い息が雨の中で揺れて消えていく。
……うん、会話なし。
男という人種とは、長きにわたりことごとく避けていたから、会話の土壌がまるで出来ていないのよね、わたし。
もう少しで店だから、このあたりでいいんじゃないかな。こっちも緊張したりして落ち着かないし。
「あの、もうこのあたりで大丈──」
彼を見上げたそのとき。
何かの布がわたしの目の端で動いたと思ったら、急に首元が暖かくなった。
「女の子は冷やしちゃダメだから」
マフラーだ。彼がわたしにマフラーを巻いてくれたのだ。
世の女性は、美丈夫な男性にこのような言葉をかけられれば嬉しいのだと思う。
でもわたしは違う。
背中をゾワッとした何かが駆け上がり、卵の入った籠を彼の胸元に押しつける。
「近いです。あの、離れてっ」
全面的に拒否の姿勢をとる。グイグイと彼の胸を押し戻す。
彼に近づかれて、恥ずかしいというより怖いんだ。自分に触れられる距離で何かをされるのが、どうしようもなく怖くて不安なんだ。
わたしの反応に、お兄さんも驚いて少し距離をとってくれた。
ああ。ごめんなさい、お兄さん。
「怖がらせてごめんね」
「いえ……」
お兄さんを傷つけたかもしれないのに、お兄さんは申し訳なさそうに微笑んだ。それがとても心苦しくて。優しいお兄さんだな、とは思っていたけれど、それは表面上だけかもしれないと、どこかで疑ってもいた。でも違うんだ。内面の優しさが滲み出ているだけなんだ。
こんな人もいるんだ……。
わたしは籠を胸に抱いてかぶりを振る。
男性が苦手なのは、わたしの問題なんだ。
「お兄さんのせいじゃありません。昔から……なので……」
わたしは頭をさげて足早にその場を去った。
雨は夜中も降り続けた。
ベッドの中に入っても、雨の音がうるさくてうまく眠れない。
ああ、こんな日の一人は寂しいな。
母がいたときは、いつも隣で寝てくれたから、手を伸ばせば握ってくれた。
温かい母の手は、少しカサついていた。
でもそんな母の手が好きで、うるさい雨の音の中でも眠ることが出来た。
わたしは手を伸ばしてみる。
わたししかいない空間……。布団から出された手は、しだいに冷えて、布団の中へと退却するしかなかった。
その手を自分の手で包んで、慰めるように温めた。
お母さんがいない世界は、どこにいても寂しいよ。
ここまで読んで下さりありがとうございました!
できるだけこまめに更新しますので、また読んで頂けたら幸いです(^^)