表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/60

バイト募集します

少しずつですが、毎日の更新が出来るよう頑張りますね!

 昼ラッシュを終えて、わたしは店の奥の事務所の椅子に座って悩んでいた。

 あの人は、やっぱり城に勤めている高官だった。だからわたしの名前、知ってたんだよね。この建物借りるときの申請とか、城に出したしね。それはまぁ、いいんだけど。

 問題はこれだ。城からの大口注文。

 つい高官の涙と美土下座に頷いてしまったけれど、このボールパン二百個はなかなかにハードだ。

 高官いわく、五日後の夜会でこのパンを提供したいらしい。

 信頼してくれるのはありがたいけど、これ一人でどうにか出来る量じゃありませんよ?

 ということで、調理補助のバイトを募集することにした。

 夕方分のパンを焼いている間に、バイト募集のポスターを制作して、窓に貼り付けた。

 うまく来てくれたらいいんだけど、と窓から石畳の外を覗く。今日はシトシト雨だ。

 いちおう差別なく男女と書いたけれど、できれば女性に来てほしい。男性は、うまく話せるか自信がないから。

 こんなことで悩むくらいなら、何かしらの理由をつけてお断りすればよかった、と後悔の波が押し寄せる。

 わたしのボールパンを城の重鎮がいたく気に入っているらしく、夜会がひらかれるとわかるや、この高官に絶対快諾させよと圧がかかったらしい。ひょっとしてこの高官は、わたしの世界でいうところの課長さんのような感じなのかな。

 ちなみに、ボールパンを作ったのは、オープニングのときだけだ。

 夕方ラッシュのときは、けっこうお客さんがポスターを見てくれて、これなら明後日の面接のときに一人くらいは来てくれるかもという、確かな感触があった。

 今のところ期待している女性は見当たらないけれど。

 夕方は五時……遅くても六時には店を閉める。

 だから、夕方ラッシュは自然と四時くらいになる。

 店を閉めて、後片付けをして、明日に使う材料を確認していたところで、卵がないことに気が付いた。

 わたしはスカートのポケットに入れている懐中時計を取り出して見る。

 雑貨屋さん、走ればまだ間に合うかな?

 わたしは大判のストールを引っ掛けて少し暗くなった外へ出る。カランと扉についている呼び鈴が鳴る。店の灯りに照らされた道路に、雨の波紋が幾つもあって、今日が一日雨だったことを思い出した。見上げた空は真っ暗で、その黒いキャンバスにわたしの白い息が描かれる。

 店の中に戻り、置いてある傘を持って、再び外へ。うん、戸締まりも大丈夫。

 わたしは、雨の五番街を走った。











「ミハルちゃん!?」

 いつも小麦粉を注文する雑貨屋に着いて、外で弾む息を整えていると、扉が慌てて開く。

 そこには、心配そうにしている雑貨屋のお兄さんがいた。

「あの、卵をきらしてしまって。あとついでに他の注文も。まだ間に合いますか?」

 そんなのいつでも大丈夫だから早く入って、とお兄さんがわたしの手首を掴んで、店内へと入るように促す。ひえ、と手を縮めようとしても、掴まれたわたしにはどうすることも出来ず諦めた。早く入ったほうが解放してくれるだろうと早々に思考を切り替えて、店内へと入る。

 店内はちょっとした食材や調味料、金物などの生活雑貨が綺麗に並べられており、入っただけでワクワクするような配置になっていた。

 そして暖かい暖炉。

 吸い込まれるように、わたしが暖炉の前に行くと、お兄さんがバスタオルを持ってきた。

「連絡猫に頼めば直ぐにそっちに届けたのに」

 連絡猫という仕組みがこの国にはあるんだ。こっちには電話という通信手段がなくて、そのかわりに連絡猫というものがある。野良猫のように街にあちこちいるから、捜すのはそんなに手間じゃないし、連絡猫用笛は各家庭にあるので、それを吹けば近くにいる猫さんが来てくれる。お代はパンでもミルクでも。首に筒がついているので、そこにメモを入れて、届けてほしい場所を言うと、この国ならどこへでも行ってくれる、不思議な猫ちゃんだ。

「暗いし雨だから。猫さんが風邪ひいちゃうのもね。わたしが走ればそれでよかったわけだし」

 お兄さんがため息を吐く。

「こんな暗くて、ましてや女の子一人で来るなんて。何かあったらどうするの?」

 お兄さんは少し怒り気味で、バスタオルを広げてわたしの頭を拭く。作業のとき以外は髪を縛っていないので、お兄さんの力で拭けばけっこうなボサボサになる。

 って、近い近い!

「あ、あの。自分で拭けますから。それよりもこれ」

 と、お兄さんにメモを渡す。お兄さんはすぐにそれを見て、首を傾げた。

「あれ? 小麦粉三十キロこの前届けたばかりだよね? こんなに……どうしたの?」

 ですよね、とわたしは苦笑した。

「実は──」

 わたしは大口注文のことと、自分ひとりでは間に合わないのでこれを機にバイトを雇うことにした旨を話したら、「ええ!?」と、なんか物凄い驚きと動揺を色濃くした声が返ってきた。いや、逆にわたしが驚くんですけど……。

「もう張り紙しちゃったんだよね?」

「あ、はい。もちろん……募集しているので」

 お兄さんは何やら真剣に悩んでいた。いやいや、悩むことなんてあったかな、今の会話で。

「面接日は?」

「明後日です」

「整理券とか用意してたほうがいいよ。ああ、ちょっと待って。この前うちで使ったものが──」

 と、レジの台の内側を何やらゴソゴソとする。

「はい、これ。足りなかったら言ってね」

 と渡された整理券は優に五十を超える。えーと……普通こんなにいりませんよね? 大企業の就職でもあるまいし。うちは個人店デスヨ?

「ありがとう、ございます?」

 でもまぁ、お兄さんの厚意は温かくうけとっておこう。絶対に使わないと思うけど。




 それから少しの間、暖炉で暖まらせてもらい、買った卵を買い物かごに入れて外へ出ると、お兄さんも傘を持って出てきた。

「送るよ」

「え?」

「こんな夜道、女の子一人で帰らせるわけにはいかないから」

 微笑むお兄さんの茶色の髪が、風で優しく揺れた。

文字数少なめですが、こまめに更新していきます。毎日少しずつでも皆様に読んでもらえるよう頑張りたいと思いますね。だいたい20時に更新しています。

読んで下さりありがとうございました(^^)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ