肩車
いつも読んで下さりありがとうございます!
いつもだいたい21時〜22時あたりに更新しています。
「ふぅ、なんとか間に合った」
布巾を敷いた番重に最後のパンを置いて、わたしは息を吐いた。
出来た、なんとか二百個。
「ミハルちゃん、急ごう。もう夜会に行くための馬車が見えてる」
「う、うん」
番重を台車に乗せて、急いで店の出入口より出る。
外は、もうガス灯がつきはじめる時間帯。
「マクマクさん、ありがとうございます」
「うん」
では行ってきます、と頭を下げると、腕を掴まれ、羽織物をかけられた。
「こんな暗くなって、一人で行かせるわけないでしょ。僕も行くよ」
そう微笑んで台車を交代させられる。
「急ぐけど焦らないでね。パンを乗せた台車が倒れたら大変だから」
「マクマクさん……」
わたしはコクリと頷く。
この国の夜会は、国外からも参加する規模の大きなものだ。
王城へと続くメインストリートは、夜会に参加する紳士淑女のかたが乗った馬車の行列が出来ていた。更に、有名侯爵や伯爵、令嬢を一目見ようと街の人たちが外に出てきて、なんか大掛かりなパレードを見ているようだった。というか声野太いなぁ。
それにしても、けっこうな人ゴミで、台車を押すには些か不安だ。
わたしは、大通りよりひとつ入った裏路地を指差す。
「裏から行きましょう」
マクマクさんも頷いて、わたしたちは裏路地を王城に向かって急ぐ。
裏道はガス灯がないから、この時間は本当に暗い。マクマクさんがいてくれてよかったな、と思う。
そんな裏路地を急いでいると、小さな真っ黒い塊がいて、思わず変な悲鳴がでてしまった。
「ママ……」
震える声でそう言って、怯えたようにわたしを見るその姿は、まぎれもない小さな女の子だった。
「えっ、なんでこんなところに?」
まさか迷子?
マクマクさんが少女に近づいて、片膝をついて頭を撫でる。
「表通りではぐれちゃったのかな?」
エグエグ泣く少女に「大丈夫だよ」と、笑いかける彼の優しさを見ると同時に、「ママ」と堪えながら泣く少女と幼い頃の自分が重なる。
わたしも小さい頃……あの頃はまだ両親が離婚していないときで、大型スーパーで迷子になったことがあった。泣いてるわたしに優しいお姉さんたちが声をかけてくれた。きっと恥ずかしかったと思うけれど、大声をあげて捜してくれた。ひとりのお姉さんは、わたしを肩車して捜してくれて。それに母が気づいて、わたしを抱きしめてくれて。わたしはそこで安心してしまってワンワン泣いてしまった。
ひととおり泣いてから、何故かわたしは父親を見上げたんだ。父親はとても迷惑そうな顔をして、わたしは俯いてしまって……。このときの記憶はここまでで途切れている。
父親は怖かったから、わたしはあまり父親を見上げることはなかったはずだ。なのにこのときは何故か見上げた。自分でも不思議なことだった。だから記憶に残ってたんだ。
パンをちゃんと納期することは、お店を経営するうえで信用にかかわるのでとても大切なことだ。
けれど、あの頃の自分のように、この少女も今は不安でいっぱいなんだと思う。放ってはおけない。あのときのお姉さんのようにはなれなくても、少しでも何かしたい。
「マクマクさん、捜そう」
マクマクさんは、わたしの言葉に目を見開いたが、すぐに柔らかく笑んだ。
「もちろん。こんなところに女の子ひとりは危険だしね」
それなら、とマクマクさんは少女を肩車する。
「このほうが、あっちからも見つけやすいでしょ?」
「っ……」
感情の欠片が漏れた。
その姿がとても眩しくて切なくて。胸をしめつけた。気づくと涙がポロポロ溢れていた。
「ミハルちゃん?」
心配そうな面持ちでわたしを見る。それはそうだ。
「あ……あれ?」
わたし、なんで泣いているんだろう。
「ママ!」
肩車効果は覿面だった。
表通りに出て、声を出して少し歩くと、母親と父親がわたしたちのほうへ駆け寄った。
少女を降ろすと、少女は両親のもとへ走っていく。
母親に抱きつく姿に、思わず破顔してしまう。ああ、よかった。本当によかった。
思いのほか早く見つかったので、納期も遅れず無事パンを王城へ届けることが出来た。高官が美土下座でお礼を言った。この人、本当にキレイな土下座だなぁ、と苦笑した。
王城からの帰り道。
ガス灯のある通りをわたしたちは歩いていた。
夜会へ行く馬車はすでになく、人かげもすっかりなくなり、あたりはひっそりとしていた。
ふう、と息を吐くと、白いモヤがふわりと現れてゆっくり消えていく。
やっぱり夜は冷えるね。
この王都は、雪とか降るのかな……。
そんなことをぼんやりと考えていたときだ。
「ミハルちゃん」
「はい──」
マクマクさんのほうを見ようとしたら、いきなり優しく包み込むように抱きしめられた。
あまりのことで悲鳴をあげることが出来なかった。
ただ心臓は脊髄反射でバックバクだ。
「マ、マクマクさ……、あの、離れて下さ──」
「羨ましそうに見てたから」
穏やかに、そして唐突に紡がれた言葉に「えっ?」と静かに訊き返す。
「肩車、羨ましそうに見てたからこうしてみた」
ポン、ポン、とマクマクさんの温かい手がわたしの背中を静かにたたく。
──ああ、そっか。
わたしは羨ましかったんだ。
お父さんに、本当は肩車をしてほしかったんだ。それが羨ましくて、そうしてもらえなかった現実が悲しくて。痛くて。だから泣いたんだ。
そのことがわかっただけでも、少し嬉しかった。
「ありがとうございます。でもマクマクさんはわたしのお父さんじゃないから、甘えるわけにはいかないです。だから、もう大丈夫です」
小さく笑う。無理はしてない、と思う。
そんなわたしを見て、マクマクさんは「……うん、わかった」と、わたしと同じような表情をして、抱擁をやめた。
そしてわたしの手をぎゅっと握った。
ふおっ!?
「でも、これくらいはいいでしょう?」
温かい手。不思議とその手を拒否する気持ちは起こらず、僅かにコクリと頷いた。
ここまで読んで下さりありがとうございます!
また読んで頂けたら幸いです!




