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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

笑顔の絶えないアットホームな職場が出来損ないの俺を絶対に見捨てない


「全力でそれ? スタンガンと変わらないじゃん」

「今まで何して来たの? 努力が足りないんじゃない?」

「よくそんなのでうちを受けようと思ったね? もしかしてなめてる?」

「もう帰って良いよ。結果は言わなくてもわかるでしょ? 言わせないでよ」


 これまで浴びせられてきた言葉の数々。


「出来損ない」


 過去の出来事が悪夢となって蘇り、それから逃れるように意識が覚醒する。

 汗を掻き、息が乱れ、鼓動が速い。


「くそ……」


 最悪の目覚めに悪態をついて起き上がる。

 窓からは朝の柔らかい日差しが差し込んでいた。


§


 牙を剥く魔物が身に迫り、咄嗟に雷を放つ。

 左手から伸びて魔物を打ち、痺れさせ、ほんの僅かに動きを止める。

 そこへすかさず斬り込んで魔物の命を奪う。


「はぁ……くそ」


 吐き捨てた悪態と同時に死体が転がり塵と化す。

 風に攫われてその場に残ったのは魔石のみ。

 それを気怠い動作で拾いあげて雑嚢ポーチにしまう。


「このくらい一撃で倒せるようにならないと」


 顔を上げて見つめた世界は、俺の気分とは真逆のように清々しい。

 果てのない空、広がる大地、波紋を描く湖に、音を立てる森林。

 この大自然を見つめていると、ここがダンジョンの中だと信じられなくなる。


「おーい」


 剣を鞘に押し込んでいると、どこからか声が響く。

 視線を軽く彷徨わせると地面を走る影が一つ。

 自然と顔は上を向き、雲に紛れるような白い鳥が視界に映った。


「よっと」


 影が俺を飲み込んで通り過ぎ、空から一人の少女が落ちてくる。

 とても人が耐えられるような高度ではなかったが、彼女はまるで階段の一段目から大仰に跳んで見せたかのように軽く着地を決めた。


「お疲れ様、イヅナくん! もうお昼だからご飯にしよ!」

新葉にいは。あぁ、もうそんな時間なのか」


 腕時計に目を落とすと時計の針が十二時を少し過ぎている。


「いつもありがとう。助かるよ」

「えへへ、どう致しまして。でも、お礼はいらないよ。私はイヅナくんのお世話係なので!」

「指導係だけどな」

「どっちでも一緒。ほらほら、今日はサンドイッチだよ!」


 ピクニックをするようにレザーシートを敷いて靴を脱ぐ。

 魔物の警戒は新葉が乗ってきた白い鳥がしてくれている。

 人一人を乗せて空を飛べる巨鳥だ、この辺にいる魔物にはまず負けない。


「はいタオル、汗を拭いてね。はいお水、水分はしっかり補給しなきゃ。はいお手拭き、食べる前にはしっかり消毒しないとね。それから怪我はない? 大丈夫? 痛いところがあったら遠慮無く言ってね。私が手当てして上げるから!」

「あ、あぁ、ありがと」


 いつもの如く新葉の怒濤の勢いにはすこしたじろいでしまう。

 元々世話好きな性格で、それが講じてか宿したのはお世話魔法。

 本当は調教魔法というらしいが、本人は呼び名が気に入らないらしい。

 ともかく人間から魔物まであらゆる世話を焼く彼女はありがたい存在だけれど、圧が凄い。


「いただきます」

「どうぞ、召し上がれ!」


 サンドイッチを手にして一口。

 濃いめの味付けは自分好みで食べやすい。


「どうかな? どうかな?」

「いつも通り美味いよ」

「よかったー。美味しいって言ってもらえると嬉しい! えへへ」


 屈託のない笑顔を見せ、新葉は次々にサンドイッチを俺の皿に盛っていく。


「これも、これも、これも、これも! 沢山食べてね!」


 いつも食べ切れるか心配になるのが玉に瑕だ。


「あ、そうだ。もうすぐ一年になるよね、イヅナくんがギルドに来て」

「もうそんな時期か……」


 あらゆるギルドの試験や面接を受けて落とされ続けた日々。

 あの頃は自身も誇りも打ち砕かれて冒険者の道を諦め掛けていた。

 実際、今のギルドに受からなかったら辞めようとも思っていたくらいだ。

 そうならなくて本当によかったと思う。

 お陰で俺はまだ冒険者にしがみつけている。


「なんにも成長できてないな、俺」


 一年前から魔法の出力は上がってない。

 なにをどう鍛えても意味がなかった。


「そんなことないよ。一年前のイヅナくんより今のほうががっちりしてるし、剣の太刀筋だって上達してるって霧上きりがみさんも言ってたよ」

「そうだと良いんだけど。でも、ギルドに貢献できてる気がしなくてさ。全然、役に立ててない」

「そんなことない。イヅナくんの集めた魔石は誰かの役に立ってるし、毎日誰よりも速くダンジョンに行って誰よりも遅く帰ってくるイヅナくんに感化されてる人もいるよ。自分も頑張らなきゃって!」

「そ、そうかな」

「そうだよ! 体重だってこの一年で10キロも増えてたし、イヅナくんはこれからだよ!」

「あぁ、そうだな――ん? 待った。あれ? たしかに筋肉がついて体重も増えたけど、なんで知ってるんだ? そのこと」


 新葉と目と目が合い、一瞬の沈黙が流れる。


「さ! これも食べて! 私の自信作だよ!」

「誤魔化した!?」


 その後、追究するも交わされ続け、結局事の詳細はわからなかった。

 本当になんで知っていたんだ?


§


 ギルド、イザナミ。

 求人広告には笑顔の絶えないアットホームな職場の謳い文句が踊り、一目見たときは見るからに胡散臭いギルドだと思ったものだ。

 あらゆるギルドから門前払いを喰らっていなければ受けようとは思わなかっただろう。

 けれどその内実は額面通りの暖かなギルドだった。

 スタンガン程度の出力しか出せない俺みたいな出来損ないを雇い、クビにもせずに育成してくれている。

 ギルドメンバーは良い人ばかりで、罵倒されたことなど一度もない。

 俺もそれに報いなければと頑張っているが、思いとは裏腹に結果は付いてこなかった。


「換金、お願いします」


 魔石を提出してその分の金をもらう。

 お陰で日々の生活には困らないくらいに稼がせてもらっている。


「天宮」

「霧上さん、お久しぶりです」


 霧上音也きりがみおとや

 彼の剣術は他ギルドを含めても十指に入る強者。

 時々、剣の稽古を付けてもらっている。


「すこし見ない間に腕を上げたな」

「見ただけで?」

「出で立ち、風貌、雰囲気、面構え。実力を判断する要素はいくらでもある。今の実力ならまた稽古を付けてもいい」

「ホントですか!?」

「あぁ、今度の休日だ。空けておけ」

「はい! やった!」


 魔法で魔物を殺せない以上、剣の腕を磨くほかにない。

 霧上さんの稽古をまた受けられるなら成長できるはず。

 魔法は相変わらず向上しないけど、今できることをやらないと。


「次の休日。遅れないようにしないと」


 予定表に太い文字で書き込みつつ、ギルド内部にある食堂へ。


「ん? おお天宮、今帰ったのか? 精が出るな」

「あぁ、俺みたいなもんは足で稼がないとな」

「だってよ。お前もちっとは天宮を見習ったらどうだ?」

「うるせぇ。俺には俺のペースってもんがあんだよ」

「おい、天宮。こっちの席空いてるから来いよ!」

「ありがと、いま行く」


 席に座り冗談や世間話に花を咲かせていると。


「天宮、帰ってきたか」

「あ、はい。お疲れ様です、牙城がじょうさん」


 彼女の前では思わず背筋が伸びる。

 牙城咲良は俺がこのギルドに入る際の面接官だった。

 正直、今でもどうして受かったのかわからない。

 けれど、それが間違いじゃなかったと、いつかは示したい。


「あぁ、お疲れ。食事が終わったら応接室まで来なさい」

「はい」

「では」


 去って行く牙城さんを見送り、腰を下ろす。


「お前なにしたんだ?」

「別になにも……あぁ、なら最後通知かも」


 急に不安になってきた。


「そいつはねぇと思うけど。まぁ速く喰っちまえよ。待たすと怖いぞ」

「そうする」


 手早く食事を平らげ、呼び出しに応じて応接室へ。


「失礼します。話とは?」

「キミの魔法についてだ」


 ついに愛想を尽かされたかと、心臓が跳ねた。


「キミを雇って一年が過ぎようとしている。その間、私なりにキミを見守ってきた。華奢だった体つきは鍛えられ、剣の腕は霧上も評価している。だが、キミの魔法は一向に成長しない」

「……はい」

「そこでだ」


 牙城さんから紙の資料を渡される。

 退団手続きかとびくびくしながら目を通すと意外な文字が書かれていた。


「魔法研究所……検査?」

「そうだ。キミの魔法に一切の向上が見られないのは不可解だ。一度、よく調べてもらうといい」

「はい。はぁ……」


 退団の話ではなくて、心の底から安堵の息が漏れる。


「どうかしたか?」

「いえ、その……退団を勧められるのかと」

「私は、いや我々はキミの努力を知っている」

「え?」

「報われない努力ほど辛いものはない。だが、キミは進めなくとも足踏みを止めることはなかった」


 牙城さんは部屋の扉に手を掛けた。


「我々はキミのような努力家を決して見捨てない」


 そう言い残して牙城さんは部屋を後にする。

 俺はと言うと胸の奥から込み上げてくる感情で視界が霞んでいた。

 油断すると涙になってしまう。

 この一年の努力を認めてもらえた、そう思うと。


「いや、まだだ」


 涙を堪えて前を向く。


「頑張らないと」


 このギルドには恩がある。

 恩を返せる男になりたい。


「明後日か」


 魔法が一切向上しない理由がわかると良いな。


§


 冒険者は夢だった。

 幼い頃に抱いた強烈な憧れ。

 物語に登場するような格好いい人間になりたいと願ったあの日から十数年。

 夢の半ばにいる俺は、それを途切れさせないように足掻いている。

 いつまで夢を張り続けられるかはわからない。

 それでも行けるところまで行きたいと願った。

 だから今日も俺はダンジョンに挑戦する。


「はぁ……はぁ……」


 剣を握り締めたまま空を仰ぐ。

 青空に浮かぶ雲から雨が降るように、額がから汗が流れる。

 乱れた息を整え、視線を下げて正面へ。

 広がる草原には太陽光を反射して煌めく魔石が七つ。

 七対一の状況化で、どうにか生き残った。


「気合い……入れすぎた、かもな」


 明日、魔法研究所で検査が行われる。

 個人では申し込むことすら難しいところにギルドはねじ込んでくれた。

 ようやく魔法を向上させることが出来るかも知れない。

 そう思うと握り締めた剣にも力が入る。

 少々、入りすぎてしまったかも知れないけれど。


「昼過ぎか。いつもなら新葉が来てくれてる頃だけど」


 視線を空に向けるも新葉の姿は見付からない。

 来られない日は連絡がくるし、遅れているだけ?

 魔石を拾うたびに空を見上げては新葉の姿を探す。

 そうして最後の魔石を拾いあげた、その時だった。


「雷雲?」


 遠雷の轟きを耳にして見上げた空の彼方に、どす黒い雲が広がっている。


「いや、でも――」


 その雷雲は急速に発達し、天を覆い尽くし、太陽を呑む。

 宵の口かの如く周囲は暗くなり、遠雷が次第に近づいてくる。

 異様な事態に無意識に柄を強く握り締めると稲光が走り、遅れてくる轟音と共に何かが落ちた。

 それはかつて純白の羽を広げて空を駆けていた巨鳥。

 黒く焼け焦げた翼で滑空し、俺のすぐ側に墜落する。

 地面を抉るように滑り止まった。

 それが新葉の鳥であることはすぐにわかる。


「新葉!」


 名前を叫びながら駆けた。

 返事はない。

 巨鳥に駆け寄り背中を見ると、雷に打たれた様子の新葉がいた。


「脈はッ!?」


 首に指を当てるとまだ微かに脈がある。

 巨鳥のほうは運べないが、新葉はまだ助かるはず。


「待ってろ。すぐに――」

「だめ……逃げて」

「なにを言って」

「あいつが、来ちゃう」


 瞬間、巨鳥を追い掛けるように空から何かが降りてくる。

 雨に濡れた鱗、風を纏う翼、稲妻を帯びる角、雲を払う尾。


「――ドラゴン」


 地面に下り立ったドラゴンは獲物に群がる蠅を払うように叫ぶ。

 咆哮が雨を吹き飛ばし、音圧が体を震わせる。

 あまりにも強大な存在を前に、本能が完全に理解した。

 こいつには勝てない。


「とに、かく……」


 新葉を巨鳥から下ろさなければ。

 ドラゴンに睨み付けられる中、そっと新葉に手を掛ける。

 だが、その瞬間、先ほどよりも大きな咆哮が轟く。


「新葉まで喰う気かッ」


 ドラゴンからすれば獲物を横取りしようとしているように見えるのだろう。

 実際、その通りだけれど、それを許してくれそうにない。


「どう……する……」


 今、俺がドラゴンに殺されていないのは新葉と巨鳥の側にいるからだ。

 ダンジョンで死んだ魔物は魔石となる。

 故にダンジョンで行われる魔物の狩りは基本的に生け捕りだ。

 俺を殺すことによって生じる余波が新葉や巨鳥を魔石に変えてしまうかも知れない。

 その懸念によって、俺はまだ生かされている。

 だが、それも長くは持たない。

 焦れたドラゴンが攻撃してくるのは時間の問題だ。


「なに……してるの」


 今にも掻き消えてしまいそうなほどか細い声がする。


「はやく……逃げて。私なら、大丈夫……だから」


 あるいは俺一人だけなら逃げ切れるかも知れない。

 そのことが脳裏を過ぎらなかったとは言わない。

 だけど。


「ごめん。やっぱり、逃げる訳にはいかない」


 握り締めた剣の鋒をドラゴンへと向ける。


「絶対に見捨てないから」

「ま、待ってっ! だめ!」


 制止の言葉を振り払って濡れた地面を蹴る。

 雷鳴が轟く最中、雨に打たれ、なおも駆けた。

 ドラゴンにしてみれば、たかだか蠅の一匹だろう。

 鋭い牙が閉じ、食い千切らんとするその動作を紙一重で躱して胴体の真下に滑り込む。

 雨で滑り、通り抜け、尾鰭に手を掛けて尻尾を駆け上がり、背中を取った。

 わかっている。

 どうせ勝てはしないことくらい。

 俺の魔法では一瞬たりとも動きを封じることはできないだろう。

 この硬い龍鱗に剣が通らないことも知っている。

 俺はここで死ぬ。

 どうせ死ぬなら――


「一矢報いて死んでやる!」


 剣で天を突き、稲妻を纏わせ、呼び寄せる。

 どす黒い雲の中で燻る閃光を、鳴り響く雷鳴を。

 召雷。

 剣に帯びた稲妻に導かれて、いま天から光の一条が落ちる。

 閃光と雷鳴に満ちた一撃がドラゴンを穿った。

 

§


「そんな……」


 イヅナくんの召雷は、それでもドラゴンを仕留め切れなかった。

 落雷に押さえつけられていた巨体が持ち上がり鎌首を擡げる。


「イヅナくんは、命を……懸けたのに」


 背中の龍鱗が剥がれている様子が微かに見えた。

 雷の直撃を受けてもその程度、私の魔法でもどうにもできない。


「もっとお世話……したかったな」


 イヅナくんを想い、雨が頬を伝う。

 ドラゴンは私を見つめて大きな口を開けた。

 食べられる。

 その運命を受け入れかけた、その時。


「流……星?」


 一条の光がドラゴンを吹き飛ばした。


§


 不思議な気分がする。

 俺自身、感じたことのない感覚だ。

 思考が明瞭になり、思った通りに――いや、思う以上に体が動く。

 自身の肉体になんらかの現象が起こったことだけはわかった。

 蒼白く発光し、稲妻が全身を駆け巡る。

 そして天から降り注ぐ雨のすべてが緩やかに流れて見えた。


「イヅナ、くん?」


 緩やかだった雨が元の速度を取り戻し、新葉の声が耳に届く。

 同時に蹴り飛ばしたドラゴンが起き上がり、俺に向かって吼えた。


「すこし待っててくれ。すぐに終わらせるから」


 翼膜を広げ、羽ばたいて加速したドラゴン。

 火炎の吐息を漏らすその顎を雷撃の如き一撃で蹴り上げる。

 降り注ぐ雨は再びその動きを緩やかにしていた。

 悲鳴を上げる隙も与えない。

 蹴り上げた頭部を上から叩き付けて地面に縫い付け、角を折る。

 同時に雷を束ねて剣を作り、その一振りで両翼を断つ。

 焼き切れたそれらが地面に落ちるよりも速く、ドラゴンは悲鳴と共に頭部を突き上げる。

 死力を尽くすかのような抵抗に、この体も宙を舞う。

 その隙を突くように、ドラゴンはその口腔に閃光を食む。

 圧縮し解き放つのは雲を割るかのような熱線。

 真っ直ぐに伸びたそれに、こちらも雷の剣を逆手に持ち替え、更に威力を込めた。

 剣の形を取った雷は激しさを増して槍と化し、一条となって熱線へと向かう。

 それはさながら落雷の如く熱線を穿ち、その果てに座すドラゴンを打つ。

 今度こそ雷に貫かれ、ドラゴンは悠久の時の終わりを迎えて地に伏した。

 その身に空いた大穴は、もう決して塞がらない。


「助け……られた、のか」


 地面に降りると共に自身に起こっていた現象が掻き消える。

 酷い倦怠感と骨と筋肉が軋むような鈍い痛み、喉の奥から込み上げる血の匂い。

 一度、ぐらりと視界が揺れれば踏み止まる術はなく、ばたりと濡れた地面に身を倒す。

 全身で浴びた雨の中ドラゴンの死を察してか、天は青空に戻りつつあった。


「イヅナ、くん」


 晴れていく空を眺めていると、視界に新葉が映る。

 泣きそうなほど瞳を潤ませていた。


「よかった……生きてた」

「俺も、死ぬかと思ったよ」


 零れてくる涙をこの手で拭う。


「死んじゃったかと思った」

「でも生きてる。俺も、新葉も」

「うん……うん、ありがとう、イヅナくん」

「どう致しまして」


 いつもと立場が逆になってしまった。


「雨、あがったな」

「そう、だね」


 青空が広がり、太陽の光で濡れた地面が耀き出す。

 なんて綺麗な光景だろう。


「悪い、新葉……すこし寝てもいいか?」

「うん、いいよ。私が起こしてあげるから。おやすみ、イヅナくん」


 新葉の優しい声で瞼が重くなる。


「おやすみ……にい……は」


 何とか新葉の名前を呼んで意識は途切れた。


§


 病院で目が覚めた時、側には約束通り新葉がいてくれた。

 それからギルドメンバーが交代に見舞いに現れ、病室はすぐに果物や贈り物で埋め尽くされてしまった。

 そんな見舞いラッシュも落ち着いて、もうすぐ退院というタイミングでのこと。


「謎が解けたぞ、少年! つまりだ、キミの魔法は蓄積と増幅なんだ!」


 病室に突然現れた研究者風の女性は資料を片手にそう言った。


「は、はぁ」

「む? なんだなんだ、リアクションが薄いなぁ! あっと、そうか。自己紹介がまだだったね。おっほん。私は魔法研究における――あー、とにかく偉い人であーる」

「今、貴女に対する信用ががた落ちしましたけど。あと名前は?」

「名前は秋子あきこ! 細かいことはいいんだよ! とにかく、キミが寝ている間にキミのことを調べさせてもらったよ! はい、これ!」

「ど、どうも」


 渡された資料に目を落とすと今まで知らなかった事実が明らかになる。


「天宮イヅナの雷魔法は魔力を雷に変換するものではなく、雷を蓄積しそれを増幅させるものである……これって」

「そうさ、つまりこう言うことだ」


 秋子さんは得意げに解説をしてくれた。


「キミの魔法がこれまで一切向上しなかったのは運用方法を間違えていたからだ。そりゃそうだ。増幅させるための魔力があっても、肝心な雷がキミの中になかったんだから」

「でも、一応は使えてましたよ。スタンガン程度ですけど」

「それは恐らく日常生活における静電気や、体内を駆け巡っている生体電気を無意識に蓄積していた結果だろう」

「な、なるほど」


 たしかにそれなら辻褄が通る。

 どんな方法を試してもダメだったのはそう言う理屈か。


「しかし、だとするとキミは思ったより凄い奴なのかも知れないな」

「え?」

「だってそうじゃないか。静電気や生体電気のような微量な電気を増幅させてスタンガンにして見せたんだ。そしてキミは落雷一回分の電力を蓄え、それを増幅させてドラゴンを討ち取っている。それはまさに神の領域だ」

「神の領域って」

「大仰かい? 私はそうは思わないよ。古今東西世界各国古来より、雷と神様には深い関わりがあるんだ。ギリシャ神話の最高神、ゼウス。ヒンドゥー教の神、インドラ。そして日本神話における建御雷神タテミカヅチ。ほらね?」


 たしかに雷と神には密接な関係がある。

 雷だって語源は神鳴りだって説もあるくらいだし。


「実際キミはドラゴンを討ち取る際に雷の化身のようになったそうじゃないか」

「雷の化身……そうですね、あの時はたしかに全身が雷になったような感覚がして――」

「ふふん。では差し詰め雷神モードと言ったところかな。ほら、やっぱり神の領域だ」

「無理矢理過ぎません?」

「無理矢理でもなんでも私は正しい!」


 さては一度言い出したら聞かない人だな、秋子さん。


「お邪魔しまーす。イヅナくん、今日もお世話しに――あ、お客さんですか?」

「あぁ、そうだ。でも、もう変えるところだよ。では少年、おさらば!」


 嵐のように現れては去って行く。

 研究者には変人が多いとよく聞くけれど、あれは本当なんだな。


「調子はどう? イヅナくん」

「かなりよくなったよ。今し方、衝撃の事実を知ったところだけど」

「衝撃の?」

「あぁ、これなんだけど」


 秋子さんに説明されたことを話す。

 すると自分のことのように新葉は喜んでくれた。

 仲間にこれだけ祝福してもらえる俺は幸せものだ。

 新葉を含め、ギルドの面々には多大な恩がある。

 これから毎日すこしずつ返して行こう。

 今の俺はもう出来損ないなんかじゃない。

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