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8話 公爵邸


 公爵邸では大量の使用人が列になってルビナとタイラーを迎えてくれた。


 二人は腕を組んだまま、辛抱強く使用人一人一人の紹介を聞いた。それから笑顔で「これからよろしく」と伝えたがルビナはこの時ほど、もっと身の丈にあった相手と結婚したかったと思ったことはなかった。

 男爵家と比べ物にならないくらい使用人が多いのだ。一体どうしたらいいのだろうと途方に暮れてしまいそうだ。


「貴族って大変ですね」

 タイラーにだけ聴こえるように囁くと、彼は不思議そうな顔をした。

「君も貴族だろう」

「ええまあ」

 同じ貴族といえど、ルビナは男爵令嬢だった女だ。公爵とは違う。それは最初からわかっていた事だが、だとしても、これほど違うとは思わなかった。


 使用人の数ももちろん違うが、

 屋敷の大きさも違う。全体像は玄関扉が目の前に来てから馬車から覗いたので今のところよくわからないのだが、前庭の芝生に落ちる日陰の長さからして、とても大きいのはわかる。

 確認のために上を向きたくなくてルビナは屋敷に入るまでタイラーの顔ばかり見ていた。


 ここまできてしまったら、もうどうしようもないのはわかっている。

 しかしルビナは、少しだけ前世のサーカスの気楽な生活がすでに恋しくなった気がした。



 その後はタイラーと夫婦らしくピッタリと寄り添ったまま、途方もないほど長い廊下を歩いて案内してもらう。

 屋敷のどこかしこにも絨毯が敷かれ、だというのに埃はなく清潔にしてある。

 さまざまなところに生花が飾ってあって、とてもいい匂いがする。

 窓も天井もよく掃除されて、ピカピカになっている。

 どこにも良く風が通され、埃臭さもカビ臭さも感じない。

 これが、屋敷に公爵夫人を招き入れるために大掃除をした結果なのか、それともいつでもこのように保たれているのかはわからないが、どちらにしても素晴らしい屋敷だ。使用人のレベルの高さを感じる。


「素晴らしいお屋敷ですね。とてもよく手入れされていて」

「ああ、皆が良くやってくれている」


 タイラーはルビナの言葉に少しだけ表情を動かして、誇らしそうな顔をした。


 タイラーは使用人をとても大事にしているらしい。

 そしてここの使用人たちも皆タイラーをよく慕っているのは、挨拶の時に感じた。


 それはただタイラーが公爵だからというわけではないのだと思う。それだったら男爵家のルビナなど不満の目で見られるはずだ。

 だが彼ら彼女らは、まだどんな人間かわからないルビナに対して、好意的に受け入れてくれていた。それはルビナが気に入られたわけではなく、自分たちの仕える旦那さまの選んだ女性なら良い人に違いないと、信じているのだ。


 そしてそれをタイラーは誇らしく感じている。

 ルビナはとても素敵な関係だと思った。


 今度は庭だ。


 タイラーと共に外に出ると、とてもよく管理された、そして途方もなく広い庭が現れた。

 屋敷の周りには薔薇の庭が作られて、そぞろ歩きができるよう通路が作ってある。

 そしてそこから少し離れると、美しい緑の芝が視界を埋め尽くすくらい遠くまで、延々と広がっていた。


 眩しいくらいの緑の向こうには橋があり、それは人工の大きな池のようだった。

 その橋の向こう側には中心におしゃれなガゼボのある島があり、池の周りには大きな柳の木が数本たって涼しさを演出している。

 あまりにも遠くにある庭の外周には糸杉や何かが、ぐるりと植えて区切ってある。


 ここを走り回るのは楽しそうだけど、端まで行ったら疲れ果ててしまいそうね。

 ルビナは遠い目になった。


 そして後ろを振り向くと、屋敷の全貌があった。

 さっきまで案内されていた大きすぎる屋敷は、緑の中にあって、その存在感をよりいっそう高めている。

 白く巨大で人工的な建造物は、一本の蔓も許さず、その美しい色合いを保って、窓

に埋められた何枚あるかわからない数の窓ガラスは、よく磨かれて太陽の光をピカピカと反射している。


 ここが、今日から私の住む場所なの?


「私の手には負えないわ」

 ルビナは呆れてフルフルと首を振った。


 その呟きを聞き取り、タイラーは「君は気にする必要はない。きちんと使用人が管理している」とルビナを勇気づけた。

「そうでしょうね」

 ルビナは諦めるしかなかった。



 夜になり、ディナードレスに着替える。


 気合の入った料理人が作ったお祝いのディナーを食べるが、その食堂室がまた豪華でルビナの食欲を損なわせた。


「君はそんなに少食なのか?」


 タイラーは不思議そうに尋ねた。ルビナは自重気味に笑う。

「何だか胸がいっぱいで食べられないわ。今日はずっと緊張し通しだったし」



 ルビナはタイラーより先に部屋に下がらせてもらった。

 使用人によって今度は風呂に入れられ、寝巻きに着替えさせられる。

 彼女らによって相応しいと選ばれた寝巻きは、とても手触りが良く、スケスケだった。リボンひとつ解いたら脱げそうだ。


 そう、色々なことがあって疲れたので、もう寝ようと思っていたんだけど……とルビナは思いだす。

 今日は二人の初夜だった。


 ついに部屋に一人で取り残され、ルビナは一つの扉を見た。

 

 それは廊下側の入り口とは別のもので、屋敷を案内された時「これが夫婦の寝室をつなぐ扉だ」と教えられたものだ。


 ここを開けたらタイラーの部屋なんだわ。


 ルビナは結婚式を母親に見送られなかったため、母親の役目である深夜の役目の話を聞けなかったが、初夜で行われる実際的なことは知っていた。

 前世ナイフ投げで、周りでいくらでも秘事が行われていた環境で育ったので、どうやるのか、基本的にはわかっている。

 だから大丈夫だと思っていたのだが、ここにきて妙に不安になってきていた。


 ベッドに入るまでの作法がわからない。

 そして、今一番困っている謎は、この扉を開けるのがルビナなのか、それともタイラーなのかということだ。


 そもそもどっちのベッドでするの?


 そう考え出すとこれまで感じたことのないくらい焦り出してしまうルビナだ。


 あちらの部屋からは物音がするから、もうタイラーが部屋に帰ってきているらしい。

 だとしたらドアを開けてそちらへ行くべきなのかしら?

 でもドアを開けて入浴中だったら? 着替えている最中なら? 失礼にならないかしら?

 でも「何故さっさと来ないのか」とイライラしていたらどうしよう。

 でもそれは勘違いで間違っていて、「せっかちな奴だ」とイラつかれるかも。


 ルビナはベッドと扉の間に立ち尽くし、動けなくなっていた。

 ハラハラして胸が苦しい。


 ああ、このままでは死んでしまうかもしれない!


 ルビナがそう思ったところで、目の前の扉がガチャリと開いた。

 天の助けである。


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