7話 貴族の結婚
「まあ、そういう事情でしたら、結婚を許可しましょう」
「ありがとう」
二人はそう言って固く握手をした。
ルビナの結婚は決まってしまったらしい。
現実問題、私とメイメルのあのやりとりが王宮で問題になっているのだったら、それには対処しなければならない。
そうしなければ私と、悪ければメイメルも処刑されてしまうだろう。
それを助けてくれるという公爵の慈悲に感謝するのが筋だ。
もともと、貴族の結婚は色々な思惑が絡むものだ。家の家格がふさわしいもの、持参金額が良いもの、上位貴族の親戚が多いもの、見目麗しく社交の助けになるもの、父親の政党が同じもの。そうやって女は選ばれる。
だからというわけではないが、ルビナは結婚に夢をもったことはない。
元々、前世でナイフ投げだった頃から結婚なんてシステムに期待したことはない。男が女を欲し、女が男を欲するのは、ただの生殖本能でしかないと遠くから眺めていた。
貴族の結婚は、種族の保存という観点でいうと、ものすごくシステム化されたものだ。
きちんと契約し、男は女の将来を保証し、女はまさしく男本人の子だと証明した状態で後継を二人か三人作る。
ただ本能に惹かれるままに無責任に生殖行為を繰り返すだけのサーカスの男女とは違う。
それは人生の一部として見た時、とても利点のある取引だ。
それも、公爵が暴力を使うようなタイプではなかった場合だけだけど。
だがそれも、やはりそれは家格が見合っていればの話だろう。
王と兄弟の公爵が娶る相手として成金の男爵令嬢というのは、周りが許すものだろうか?
そして、ルビナの方も結婚に夢はなかったが、大体の想定はしていた。
同じ男爵か、子爵の息子。それか裕福な商家の跡取りあたりと結婚するのが妥当なところだと考えていたのだ。
それなのに、王弟、公爵。
彼は政治に絡みすぎている。
そんな人と結婚することなど、考えて見たこともない。
「私のような男爵家の娘で大丈夫なんでしょうか?」
「私は離婚経験者だ。一度目で役目は果たした。もう放っておいてくれと言ってある」
放っておけと言えば放って置いてもらえるものなのだろうか?
わからないので、ルビナは口を挟めなかった。
「公爵がいいというのだから、気にする必要はない。ところで式はいつ頃に?」
兄はルビナの疑問を切り捨て、公爵に問う。
「できるだけ早いうちがいいだろう。口を挟まれたくない。長く宙ぶらりんにしておけばパーティーでのことが表に出る」
「では明日、うちの教区の教会であげてしまいましょう」
「ああ、それでいい」
「メイメル、私たちもそれでいいね?」
なぜメイメルに聞くのかと思ったら、二人もついでに結婚してしまうらしい。
まるで屋敷の屋上から飛び降りたみたいにものすごいスピードで物事が進んでいく。
兄は教会の準備と、アリアカ伯爵家への報告、伯爵家の借金の清算の為、慌てて外出していった。
公爵も王に報告すると呟き、屋敷から帰った。
メイメルは自宅へ明日のドレスの準備に帰った。後で兄と落ち合って両親に報告するらしい。
突然の話だが、借金の問題や王宮での問題も絡んでいるので、伯爵夫婦は嫌でも頷くしかないだろう。
とは言っても、あの人を丸め込むのが得意な兄のことだから、きっちりとメイメルの両親を説得して帰ってくるだろう。
メイメルが納得しているのだから、
借金が消えれば、誰もが笑顔になるに違いない。
一人になったので、ルビナは実家に手紙を書いた。
兄と自分の結婚が急遽決まって、式が明日なこと。間に合わないので、両親には後で報告に行くこと、その謝罪。
ルビナは手紙を封じて執事に渡した。
この手紙が届く頃には式も終わって二日は経っているだろう。
オルーブ家の人間は誰も参加できないが、仕方ない。
〜〜〜
翌日、二組の結婚式は滞りなく行われた。
観客は多くない。
メイメルの両親アリアカ伯爵夫妻は、ルビナの予想通り、とても嬉しそうに涙を流して喜んでいた。不満に思っている様子は微塵もない。
その息子である義兄になるメイメルの兄は違うようだが。
彼は左目を真っ黒なアザにしていた。唇も腫れている。
兄が昨日根性を入れ直したのかもしれない。
そうであって欲しいとルビナは思う。
これ以降も兄の金でギャンブルを続けるようだったら迷惑だからだ。
そして公爵の方のお客は、驚くべきことに、彼の甥である王子が来ていた。
彼の周りには護衛の騎士もたくさんいる。
ルビナは今になってふと、前世とは騎士の制服が違うことに気がついた。
そうだ、昨日のパーティーの時もそうだった。
模様替えかしら?
不思議だが、過去のあの件を思い出さなくて済んでいるのはそのおかげなのかもしれないと納得した。
そしてそれ以外の後ろの方の席には、兄の屋敷の使用人たちが、それぞれ一番いい服を着て参列してくれていた。
今日は彼らには朝にだけ働いてもらって、休みをあげている。
みんなそれぞれ、笑顔や涙を浮かべて二組の結婚式を祝ってくれていた。
いい使用人たちだ。
昨日の今日で結婚したというのに、誰も不審そうな顔はしないでくれている。
教会を出て屋敷に戻ると、使用人たちには使用人用の食堂に軽食が用意されているから、そちらで好きに楽しむように告げて、客を応接間に案内する。
こちらにも軽く料理と菓子を用意してあり、酒とおしゃべりで軽く楽しんでいただいてから解散してもらう段取りだった。
公爵とルビナはすぐに王子の側により、お礼を言った。
「今日は来ていただいて、ありがとうございます」
「叔父上、ナルバーン公爵夫人、結婚おめでとうございます」
空色の髪の毛に光をいっぱいに吸収して満面の笑みを浮かべる王子は、ルビナを早速公爵夫人と呼んだ。
途方もない名前だ。
ルビナは目眩がしそうだった。つい公爵の腕に回した手に力を入れてしまう。
「ああ、ありがとう」
「今日から叔母上ですね。叔父さんをお願いしますねナルバーン公爵夫人」
そんなに何度も名前を呼ばないでほしい。
そうしたら喜ぶと思っているのだろうか? そうかもしれない。
「あと、あのパーティーでは身を守っていただいたそうで、本当にありがとうございました」
「いいえ。どうかメイベルさんを悪く思わないでやってくださいね」
「ええ、全く大丈夫です。あの婚約破棄祭りには、私もほとほと呆れていますよ。彼女も私を狙ったわけではないでしょうし、仕方のないことです。早く忘れましょう」
王子は十三歳だというのに、大人顔負けの落ち着いた口調で話す。王族というのはこんなに大人びているものだろうかとルビナは驚いた。
そして唐突に気付く。王族とは生まれた時からたくさんの義務に追われ続け、理想を叶え続けなければならない人生なのだ。
この王子も、そしてこの方も。
ルビナは自分の傍に立つ公爵……タイラーを見上げた。
相変わらず硬い顔をして、暗い不幸のオーラを身に纏っているが、サーカスを見に来た頃は、今の王子とよく似ていた。
溌剌とした空気と自信を纏い、苦労など微塵も感じさせず、王族として恥ずかしくなく立っていた。
彼は一体どのタイミングでこうなったのか。
それはやはりあのサーカスの一件も関わっているに違いなかった。少なくとも原因の一端は担っているに違いない。
王子は少し話した後、兄とメイメルにも声をかけてから、スマートに帰っていった。
それから私たちは、迎えに来た公爵家の馬車で、公爵家の屋敷へ向かった。
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