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6話 事情は複雑?

「公爵様、お久しぶりでございます」


ルビナが公爵に求婚された。


その瞬間を狙っていたかのように兄の声が室内に響いた。

振り返ると入り口にはメイメルと腕を組んだ兄が微笑んで立っていた。


ルビナは目の前に片膝をついて跪いたままの公爵から兄に目を向け、そしてもう一度公爵を見る。


二人ともどうする気かしら?


公爵は立ち上がり、室内に入った兄と握手を交わす。


「オルーブだったな、久しぶりだ」


ルビナにはわからないが、兄と公爵は一応挨拶くらいはしたことがあるらしい。


「公爵様、これからは私のことはハルアーと呼んだらいかがでしょう? ルビナと婚約するのでしたら。どちらもオルーブですからね」


「そうしよう」


二人はまるでこの求婚が順当なことのように会話をしているが、どう考えてもおかしな状況だった。


おそらく公爵がルビナのことを知ったのは、今日が初めて。

そして私は、王子の警護をしていた公爵から、警戒されるべき人間である。


だが公爵は求婚してきた。

それはなぜ?


だが兄としては公爵家と縁続になるのは好ましいことだ。ルビナと公爵が結婚すれば義兄弟になれるわけだし。

願ってもないに違いない。


ルビナは二人の様子に警戒しながら、ソファーのそばで小さく手招きするメイメルのところへ行った。


「……あの、求婚されていたように見えたのですが」

「ええ、そうなの。でも初対面なのだけど」



「え? どういう事ですか?」


メイメルは訝しんだ。ルビナも同じ気分だ。


「とりあえず、昼間のパーディーで私があなたにケーキサーバーを投げつけたことは見られていたらしいわ。彼があれを持ってきたの」


 そう言って公爵の手に握られたままのケーキサーバーを示す。


「ああ、なんて事……」


メイメルは一気に真っ青になってふらついた。

ルビナは彼女を支えてソファーに連れて行く。


「メイメル、大丈夫かい?」


兄がすかさず声をかけたが、公爵の側からは離れなかった。

メイメルも大丈夫だと手を振る。

今はこちらにきて欲しくない気分のようだ。


メイメルはルビナとピッタリと寄り添ってソファーに座り、話を続ける。


「でもどういうこと? 私を捕まえにきたの? でも先ほどルビナさんに求婚していたわよね。……一目惚れという事?」


「さあ、違うと思うけど」


「これって素敵なことかしら。それとも恐れるべき?」


ルビナには答えられない問題だった。

公爵に求婚されて、喜ぶべきかわからない。

事情が一切見えてこないのだから。


二人で困惑に囚われていると、兄がやっと公爵を移動させ、ソファーに座らせた。


「それで、公爵様はルビナとは一体いつ知り合われたのでしょうか」


「今、この応接室でだ。顔は昼間のパーティーで確認したが」


「おやそれはロマンチックだ。パーティーでうちの妹を見染められたという事ですね?」


「いや違う」


「そうでしょうとも」


兄はにっこり微笑んだ。

公爵は特に表情はない。


ルビナはやっと気付いて執事に紅茶の用意を頼んだ。


***


紅茶を用意したメイドが部屋から出ると、ドアをしっかりと閉めさせる。

それから全員が淹れた紅茶を少し飲んだ。


少しして、兄が公爵に説明を求めた。


「どういう事情か説明していただけますか」


「はっきり言って、今日のメイメル嬢とルビナ嬢のやりとりは、全て見られていた」


なるほど、全く誰も反応しなかったから大丈夫だと思っていたのだが、そうではなかったらしい。

それなら彼がここへ来たことは納得できる。


求婚は理解できないけど。


「今日あったやりとりというのは、メイメルが間違いを犯しそうになったところをルビナが止めたという話ですね?」


「ああ、そうだ」


「だが、何も起こらなかったのでしょう?」


メイメルは隣のルビナの二の腕を掴むと、布を絞る様に指を食い込ませた。

その気持ちは理解できる。

せっかく兄と出会って救われると思ったのに、奈落の底に逆戻りだ。


「たしかに。メイメル嬢が何かしそうな雰囲気は感じていたが、何もなかった。誰もがその兆しを見つける前にことは済んだ」


「ええ。そのはずです」


兄はメイメルに飛んできたケーキサーバーの話を聞いたのだろう。

彼はルビナの前世も、そのナイフ投げの腕も知っている。

だからすぐ納得したし、その腕を信用していた。


「それにメイメル嬢が不審な動きをしたのも、理由はわかっている」


「それは?」


「最近流行りの婚約破棄に巻き込まれたのだろう。あの時王子が踊っていた相手はメイメル嬢の兄の婚約者だった者だということは調べがついている。その相手に恨みを持つ気持ちは、誰もが理解を示した」


「なるほど」


「だが問題なのはルビナ嬢がケーキサーバーを投げたことだ」


ああ、突然理解してしまった。


「ルビナが投げたものはメイメル嬢に当たったことは確かだ。だが、それが元からメイメル嬢に向けたものだと断言することはできない。何より、王子のいる方向に向けて何かを投げつけるという行為は、基本的に禁止されている」


全員が黙り込んだ。


確かにこれは致命的だ。

極刑かどうかはわからないけれど、投獄ものなことは確かだろう。


ルビナはふと思った。

前世と形は違うけれど、今回も王子を守ろうとした流れの中で裁かれるのだと。


まあ、今回は王子ではなくメイメルを助けようとしたのだが、それでも結果として王子に向かう狂気を止めたことは確かだ。


これって宿命なのかしら?


「それで、公爵様は私を捕まえにきたというわけですね」

「違う。私はさっき君に言った通り、求婚に来たんだ」


また沈黙が訪れる。


公爵の言っていることはわからない。

なぜそこで求婚になるのか。


公爵は求婚すると言って、特に晴々とした顔をしているわけではない。

相変わらず不幸そうな顔を無表情で固めている。


「それはなぜです?」


「そうすれば、君たちを守ることができる。ルビナ嬢の行動が問題になっているということは、君が裁判にかけられれば、今は同情的に見られているメイメル嬢も引っ張り出されるだろう。そうすると二人とも窮地に陥る。……だが、君が私の婚約者で、私の甥である王子を守り、彼女を慰め、改心させたという形になれば、何とか収めることができるだろう。不満を持つ者がいても、私の婚約者ということなら表立って抗議できなくなる」


なるほど。

だが、わからない。


なぜ公爵ともあろうお方が、私を婚約してまで守る必要があるというのだろう?


それに彼は婚約して欲しいと言ったのではない。妻になってくれと言ったのだ。これはプロポーズなのだから、私が「はい」と答えてしまえば成立してしまう。

一時凌ぎを考えていたなら、そんなことはしないだろう。


それに王弟公爵ともなれば、契約を破棄をしただけ評価が下がる。

公爵と成金男爵令嬢の婚約なら、どんな理由をつけようと破棄したのは公爵ということになる。


一度決めたことを覆すなど、自分で自分を信用できない人物だと証明する行為だ。

信用ならない人物に成り下がって、いいことなどあるはずがない。


そこまでする理由が知りたい。


だがこの人は、問われなければ何も答えない。

ルビナはそのことに気づいていた。

ここに来てからずっとそうだったからだ。


「公爵は何のためにそうなさりたいのですか?」


「君が私にとって重要な情報を持っている気がするからだ。君は私にとって必要な存在なんだ」


ルビナはこめかみに指を当てたくなった。


公爵は答えてくれたけど、その答えは満足のいくものではなかったからだ。


ルビナは声を荒げたくなった。


私が持っている情報って何なのよ!

読んでいただき、ありがとうございます。

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