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2話 今世のナイフ投げ

そしてルビナはサーカスのナイフ投げだった前世の記憶を持ったまま生まれ変わった。


ルビナ・オルーブ、現在十七歳。

成金男爵家に第二子として生まれた娘だ。

それが今のルビナだった。


ルビナという名前は現在の名前で、前世の名前は忘れてしまった。


母とは幼い頃離れ、サーカスに居着いてからはお嬢ちゃんとかナイフ投げとそのまま呼ばれていた。


実際生まれ変わった後にはあの時の名前など必要なかったから、気にしたことはない。


今の外見は髪も目も茶色で平凡。身長は高い。


そして結婚適齢期だが婚約者はいない。


それが災いして、今日は王宮の庭園での立食ダンスパーディーに参加させられていた。


とても立派な庭だった。とにかく広い。

きちんと刈られたばかりの芝からはいい香りがする。

ピンクや白の明るい色のバラとリボンでテーブルや椅子が飾られ、

揃いの衣装で固めた楽団が控え、ダンスを始める合図を待っている。


天気は良く、淡い色のドレスと髪飾りで着飾った令嬢たちが、まるで小鳥が囀るように静かな興奮を見せている。

料理などそっちのけで彼女らが待っているのは、この国の王子様だ。


それは前世ルビナが体を張って守った王子様の血縁者だったが、ルビナはまだ見たことがない。

商家出身の母親を持つ成金男爵家の娘には王子様との謁見など許されないのだ。


まあそれも、これまでは。なのだが。



つい先日、長く王子の婚約者を務めていたご令嬢が亡くなってしまった。


王子は十三歳。次の婚約者を決めなければならない。


ということでこのパーティーが開かれているのだ。


どう考えても選ばれるわけがない男爵令嬢のルビナまで呼び出しているのだから、当時婚約者のいない令嬢はそれだけ少なかったということが窺える。


だが今はそんなことはない。


王子の隣が空席になったことで、次々と婚約破棄が巻き起こってしまったのだ。

恐ろしいことだ。


ということで、今この場所には、婚約者を捨てて未来の王妃の座を狙いに来たものか、

婚約者に捨てられ、慰謝料で懐がぽかぽかになって、ますます王子に取り入りやすくなった令息か、

これまで婚約者の居なかった冴えない令嬢かの三通りの人間だけが集結しているわけだ。


王宮側も、こんなことになるとは思っていなかっただろう。


せっかくの広い庭なのに、王子のお出ましを待つ令嬢で溢れかえっているわけだから。



ルビナはうんざりしてその塊から離脱した。


お腹は減っていないが、料理のテーブルに張り付いている方がよっぽどいいだろう。

そちらに居れば、何とかこのパーティーを楽しんでいるような体裁が取れる。


まさか王宮のパーティーに出て、不満タラタラな顔をできるわけもないのだから。




ルビナは今の人生に生まれ変わって、一つ非常に不満なことがあった。

それがこの国の料理だ。


サーカスで色々な国を周り、たくさんの料理の味を知っているルビナにとって、この国の料理は不味すぎる。


とにかく味が単純なのだ。


塩なら塩だけ、砂糖だけ。

それが素材の味と相まって旨みを出しているのならいいのだが、そんなわけはないのがこの国の料理だ。


もしかしたら素材が悪いのかもしれないが、野菜ひとつとっても味が薄いのだ。

だから調味料で味をつけてしまう。

だけど、そこに技術がないものだから、塩か砂糖で終わりなのだ。


そして味が育たない代わりとばかりに、見た目ばかりが美しくなっていている。


デザートなどその最たるもので、

美しく飾り切りしたフルーツで、まるで宝石のように飾り立てる。


でもその果物は味が薄いのだ。


前世の基準で、美しい見た目に食欲をそそられ口に入れ、何度ガッカリさせられたことだろうか。


だから王宮の美しく飾り付けられた料理たちも、一切ルビナの食欲をそそることはなかった。



でも何か食べるべきなのよね。

ルビナは諦めてさらに手を伸ばすと、果てしなく上品に飾られたクリームケーキに手を伸ばそうとした。


わっと声が上がり、そしてしんと静まり返る。


ルビナは振り返った。

令嬢たちの人垣の向こうに、王子が現れていた。


ルビナも礼儀としてそちらに体ごと向き直る。

そして初めて見る王子様を観察することにした。


ちょうど前世で見た王子と同じ年頃だ。

同じ空色の髪の毛。爽やかな笑顔。柔らかい雰囲気。

そして同じ年頃の娘が夢みがちな目で見つめたくなる顔だちだ。


だが、彼を期待の目で見つめて頬を染める今日の婚約者候補たちは、明らかに彼より何歳か年上ばかりだ。


年齢については十七歳のルビナも同じで、彼が確か十三歳だったはずだから、四歳も年下になる。


この年頃の四歳差はなかなか大きい。

だから、本人を見てしまうと尚更、何故ここに呼ばれたのだろうと遠い目をしたくなるのだ。


新しく婚約者を探そうと王宮が決めた時、それほどに未婚約の令嬢が少なかったことが伺える。


まあ、婚約破棄が大ブームになってしまった今は違うのだけど。


いくら王宮といえど一度出した招待状は引っ込められないのだ。




そろそろダンスでも始めてもらわないと、王子の周りで雪崩でも起きないだろうかと心配していると、やっと楽団が曲を奏で出した。


王子はこの場で一番高価そうに見えるドレスを身に纏った令嬢と踊り出した。


その令嬢は王子より五歳は年上だ。

本気だろうか?


いや、全然問題ないけれど。

ルビナは失礼なことを考えた事を心の中で謝りながら、礼儀としてそのダンスを見守った。

これからしばらくは王子にお尻を向けることはできない。


これは王子の新しい婚約者選びのパーティーなのだから。

お行儀よく二人を見守らなければならない。令嬢としては。


前世サーカスにいた頃は完全に庶民で、それどころか捨て子で、完全に気配を殺していることができた。

それが男爵令嬢に生まれてしまうと許されない。

甘やかされて、愛されてお腹いっぱい(不味いご飯を)食べられるようになった代わりに、常に人の視線を意識してくらさなければいけなくなったのは、どちらがいいのか判断つかないところだ。


まあ、家から出なければいいのよね。

それでも、使用人の存在は忘れられないんだけれど。


ルビナがこの会場に来てからドレスの価値で上から順番に並べていったリスト通りの順番で王子は踊っていった。


なるほどね、とルビナはあくびを押し殺して眺めた。


ふと、踊る二人が通り過ぎた場所に、ひどく顔色の悪い令嬢が見えた。

ルビナと同じくらいの年齢だが、ひどく憔悴しているようだ。

そして、その目が、ルビナの記憶を刺激した。


(ああ、あの顔はきっとまずいことを考えているわね)



前世、サーカス団には若い男女が数人いた。


その中では常に男の取り合い、女の取り合いが繰り返されていた。

彼らはそのテリトリーの中で、まるでローテーションのようにカップルを変えていったが、その変更も決められたようにスムーズに進むわけではない。


ものすごい愛憎劇の末、時には殺傷沙汰も繰り返される。

刃物で刺され、数ヶ月寝込むようなこともたびたび起こった。


ルビナは小さな頃からそれを見ていたので、適齢期になっても全く関わり合いにならずに生活した。一度タガが外れれば、後は転がり落ちるように染まっていくのが彼らの常だった。


そんな世界を見てきたルビナは、王子のダンスを見守るくらい顔の女性が、これから何かをしでかすだろうことは、すぐにわかった。


彼女が狙っているのが王子かそれともダンス相手のご令嬢かはわからないが、どちらに襲いかかっても、結果は明らかだ。


この会場には、王子がお出ましになった瞬間から取り囲むように警護の騎士たちが立って目を光らせている。


ルビナはどうしようか考えた。


放っておいても構わない。こんなに厳重な警備なのだから、王子たちは酷いことにはならないだろう。


だが、王子たちを狙った彼女はどうなる?


前世の私のように、ズタズタに切り裂かれて殺されてしまうのでは?


ルビナは振り返ってケーキの山から取り分けるようのケーキサーバーを掴んだ。

バランスは悪いが、ケーキを投げつけるよりはいい。

何せ彼女との距離が遠すぎる。ケーキでは空気抵抗が多すぎて届かない。


彼女に目を戻すと、タイミングを見計らう。


彼女の目は暗く光を放ち、背中は陰気に曲がって、苦しそうに口で息をしている。

おそらく近視眼的になって、周りの音など聞こえていないだろう。


だが、ありがたいことに周りも彼女には気づいていない。


彼女は手提げから小さなナイフを取り出した。


ルビナは彼女の手首を狙ってケーキサーバーを投げつけた。

そして小走りに彼女に突進した。


ケーキサーバーが綺麗に弧を描き、彼女の手首に当たる。

手からはナイフがはらりと落ちる。


駆けつけたルビナはナイフとケーキサーバーをさっと自分のスカートの裾に蹴り入れた。


「ねえあなた、大丈夫ですか? よろめかれたようですけど?」


ルビナは彼女の両腕をしっかり掴み、体を支えるようなポーズで捕まえた。


「え……」


突然正気に戻ったようで、彼女は絶望の目でルビナを見た。

殺傷沙汰こそ起こりはしなかったが、自分がしようとしていた事をルビナに気づかれたことに怯え始め、顔色は真っ青になっていく。


力が抜けてブルブル震え出す彼女を今度こそしっかり支え、ルビナは声を抑えて囁いた。


「黙っていてください。ここから移動しましょう?」


彼女はコクコクと頷いた。


ルビナは少し悩んで、スカートの中のナイフだけを足で探り、うまく蹴り上げてシューズの踵に引っ掛けた。


これもサーカスにいた頃使えた技だ。

知っている技を失うのが勿体無くて、ナイフ投げと同じく、子供の頃からずっと訓練していた。


役に立ったわね。


一人満足感を感じながら、ルビナはその令嬢と腕を組んで、仲の良い女性同士がお話を行くような顔をしながらその場を後にした。


読みにくい気がしたので

書き直しました。


読んでくださってありがとうございます!

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