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18話 二人の気持ち


 朝になって「今日の出発はいかがしますか?」と使用人に聞かれたが、ルビナは答えることができなかった。

 タイラーがベッドに入った様子はなかった。

 一晩帰ってきてないのだ。


 不安を押し殺しながら一人で食事をしていると、タイラーが帰ってきた。

 彼も一晩中寝ていなかったらしく、目の下にはクマができていて、少し酒臭い。

 ルビナは恐る恐る声をかけた。

「今日出発して大丈夫?」

「ああ、何とかなるだろう」

 ルビナが声をかけると、タイラーは疲れた声を出して部屋に着替えにいった。



 二人は機関車に乗り込むと、向かい合わせの席でどちらも相手の正面の席を開けて斜めに座っていた。

 会話はない。ルビナはひどく気まずく感じた。

 嫌われてしまったのかしら。

 夜中ずっと考えていたことだ。

 これまでルビナとタイラーはとても仲良くやれていた。

 それなのに今さら、それも子供ができてから気まずくなるなんて。

 二人はこれから貴族の政略結婚の様に、他人同然の夫婦になってしまうんだろうか。

 とても嫌だった。


 平気な風に装って背筋をピンと伸ばしたまま機関車の窓の外を眺めているふりをする。

 だんだん涙が出そうな気がしてきた。


 ルビナはこんな感覚にはなったことがない。もちろん前世でも。


 人に執着すると、こんな感情を感じなければならないのだと初めて知った。

 捨てられるのが怖いなんて感覚、これまで感じたことがなかったルビナは、とても恐れた。

 これがメイドたちがよく噂している恋しているということなのかも知れない。

 みんなこんな苦しい思いをしているのだろうか。


 ルビナはだんだん黙っていることに我慢ができなくなってきて、ポツリとつぶやいた。


「ねえ、私は嫌われてしまったのかしら」


 しばらく彼は無言だった。

 ずっと二日酔いと寝不足を理由に片手で目元を押さえている。

 もしかしたら、寝ているのかもしれない。

 ルビナがそう思い込もうとしていたところで、彼のしゃがれた声がした。


「……私は、君を愛している」


 それ以上の反応は何もなかった。

 それでもルビナはほっとして、そうしたら何だか目から涙がぽろっと落ちてしまった。

 愛していると言われたのは、初めてのことだった。

 手で拭おうと思ったが、そうしたら彼に気づかれてしまうと思って、流れたままにしておくことにした。



***


 タイラーはルビナの告白を聞いて、ひどく混乱していた。

 一人になって、一晩中ずっと考えた。

 前世、と言うのはどう言う事なのか、すぐには理解できなかった。

 どこかの宗教の教えの中にあった、魂は繰り返し生まれ直すと言う考えの事だろうか。

 ルビナは私を守って死んだナイフ投げの生まれ変わりという事なのか?

 そんな事、信じられるだろうか。

 よくわからない。

 だが、時間をかけて考えていると、この旅行の中であったルビナの違和感を思い出し始めた。


 ルビナは国を出たことがなかったはずなのに、外の国の料理の味を知っていた。

 買い物に出るたびに見つける小物の名前を知っていた。

 おもちゃの使い方も知っていた。

 この国の文字を読むことができ、きれいな発音で喋ることもできた。


 そして、あのナイフ投げと同じ軌道で物を投げることができる。


 タイラーは頭の中がグチャグチャだった。

 目の前で死んだナイフ投げの姿が思い浮かぶ。

 あの女性と、ルビナが同じ魂を持った存在だと言うことを、あまり考えたくなかった。

 私が死なせた女性と私が結婚しているなんて、許されるのだろうか?

 嘘であれば、こんなに悩むこともないのに。

 だが彼女の言う言葉を疑う理由はない。


 ただ、そうだったのかと納得するのにずいぶん時間がかかった。

 その間に夜は開けていた。

 一晩中考え続けて分かったことは、真実が何だろうと、タイラーがルビナと離れる気はないと言うことだけだ。

 彼女が自分の元に遣わされたのが何か理由があるのかはわからない。

 だが、何だろうと彼女と結婚を持ち出したのは自分だ。

 だからルビナの方に何か策略があったとは思わない。

 これが偶然なのか、がいるとしての采配なのかわからない。

 だが、そんなのはどうでもいい。


 タイラーは彼女のおかげで幸せになれた。

 彼女がいて幸せで、彼女がいなくなるなんて考えたくもない。


 タイラーはいつの間にかルビナのことを愛していたのだと自覚した。

 彼女はタイラーの中でとてつもなく大切なものになっていた。

 だから彼女の元に帰って、彼女を一生大事にする事だけが、自分にとって大事なことだ。


 タイラーは二日酔いと寝不足でフラフラな状態になりながら、宿に帰った。


 それから移動中の機関車の揺れの中で、頭痛と眩暈に苦しめられて、一晩中一人でいた事をひどく後悔した。

 日光の光が辛く、目元を隠して吐き気を耐えていると、斜め向かいに座ったルビナが「私は嫌われてしまったのかしら」と呟くのが聞こえた。


 私は何をしているんだ。

 タイラーは後悔で押し潰されそうになった。


 だが鈍い頭ではなんと答えるべきか、答えはすぐには出てこなかった。

 ただ、彼女を落ち込んだままにして置けない。

 タイラーはルビナに手を伸ばして、彼女の冷えた手を握りしめた。


 そして「私は、君を愛している」とつぶやいた。

 声はひどい物だった。

 ガサガサにしゃがれ、二日酔いの苦しみで覇気がない。

 だが、ルビナが手を少し握り返してくれた。


 だからタイラーはそれ以上何も喋らないことにした。

 彼女の手は少しずつ暖かくなっていった。

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