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15話 平和


 二人は旅の予定を全て白紙に戻した。

 これからは何も決めずに医者の忠告に素直に従うしかない。

 そうすると、タイラーの休暇の日程を大幅に超えてしまう可能性も出てくるのだが、その時はタイラーだけ先帰る事になるだろう。

 仕方のないことだ。


 二人は先のことを考えるのはやめにして、近所を散歩したり、また本屋に行ったりして過ごしていた。


 タイラーはいつの間にか自分で本を買ってきて読んでいることが増えた。表紙を盗み見てみれば、妊娠や出産の文字が見える。

 ルビナはそれを嬉しく思った。変につついて気にさせてもつまらないので、何も言わずに放っておいている。


 そして外出するたび、タイラーは玩具などに目が行くようになっている。


 ある日小物屋の棚をじっとのぞき込むタイラーに気が付き、そっと後ろから近づくとそれはスノードームだった。

 丸いガラスの中は水で満たされ、中央に小さな家がある。そして家の周りには白い粒が敷き詰められている。


「あら、懐かしい」


 ルビナが思わず声を漏らすと、タイラーはそれを眺めたまま尋ねた。


「君はこれを知っているのか?」

「こうやって眺めるのよ」


 ルビナはそれを手に取り、ひっくり返して振ってからタイラーの前で元に戻した。

 ガラスの中で白い小さな粒が可愛い家に降り注ぐ。


「ね、可愛いでしょ」


「ああ、どこで遊び方を教えてもらったんだ?」


「えっと……この前寄った店で店主に見せてもらったの」


「そうか」


 またうっかり前世の記憶で喋ってしまった。

 国を出たことのないルビナがこれを知っているわけはないのだから、得意げに口を出すべきではなかったのだ。彼と気心が知れれば知れるほど迂闊な発言をしてしまう。


 別にルビナの事情だけ考えるのなら、前世の記憶があると言ってしまてもいいのだ。

 だが、彼に告げて大丈夫なのだろうか?


「私の父は、こんなものを規制して、一体何がしたいんだろうな」

「え?」


「たったこれだけの、ただ水の中に沈んだ家に雪が降るだけの玩具を眺めることが、どうして許せないんだろうか」


「ねえ、お父様は何故娯楽を規制しているの?」


「前に言った通りだ。国民を遊ばせたくないんだ。……人が喜んでいるのが憎いのかもしれない」


「そう思うのね」


「いや、わからない。あの男の考えていることなど、私にはわからない。人を働かせるために、苦しめる必要はない」


 タイラーは苦しそうに言った。目はずっとスノードームを見つめたままだ。ガラスの内側にはもう雪は降っていないというのに。


 ルビナはタイラーの腕に手を触れた。ブランとたらした腕が正気を感じさせない。それが切なくて、彼を勇気づけたかった。


「そうね。あなたの力でその法律を変えましょう」



 ***



 数日後、二人は散歩中にチラシを渡された。

 小さめの紙には、黒と赤いインクでサーカスの名前と、期間、目玉として空中ブランコの絵が描かれていた。


「まあ、この街にサーカスが来てるのね」


 タイラーは少し顔を曇らせている。


「ねえ、行ってみる?」


 ルビナはちょっと行ってみたかった。

 前世ではサーカス団員だったのだが、考えてみれば客としてサーカスを観賞したことはない。いつもすり鉢状の客席をステージの真ん中から見回すばかりだった。客の顔は楽しそうだったり、ハラハラしていたり、キラキラしていたり。あの気分を一度味わってみたい。


 だがタイラーはどうだろう。サーカスにいいイメージを持っているかどうかはわからない。十三歳の彼は、サーカスを楽しんでいた。とても嬉しそうに。だが、彼が最後に見たのは楽しいものではない。

 彼に対して見たいといってしまったが、もしかしたらとても意地悪な事だったかもしれない。


 タイラーはチラシを見たまま固まっていたが、しばらくして「行ってみよう」と頷いた。

 しかしその顔はとても険しい。


 なんだか少し心配だったが、彼がそういうならとルビナはサーカスの初日のチケットを買いに行った。



***



 結果から言うと、タイラーはダメだった。


 サーカスの初日、わいわいとサーカスに向かう人々の流れに巻き込まれながら前に進んでいた二人だったが、テントが見えてきたとたんに、彼は真っ青になって固まってしまった。

 ルビナと組んでいた腕が硬く冷たくなり、声をかけても聞こえていないように反応しない。

 タイラーはしばらくそのまま動かなかった。


 なんとか彼の気を引くことに成功した頃には、周囲は静かになっていた。

 周りにいた人々は全員テントの中に入り、客引きも中に引っ込んでいたからだ。


 やっと足が動くようになった彼を引っ張って宿に連れて帰った。

 酒を飲ませてベッドに寝かせようとしたが、彼はルビナの手を掴んで離さなかった。まだ昼間だったが自ら彼の世話をし、一緒に横になり、また久しぶりに彼を抱きしめて、ずっと体を撫でて眠らせた。


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