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嘘吐き・友情4





 ぎりぎりに渡された衣装を姫芽が完成させられたのは、間違いなく美紗のお陰だ。家庭科部の出し物は展示だけだからと、作るのを手伝ってくれたのだ。他の子達は夏休みの内に作っていたらしい。

 ちなみに今は、使われていない家庭科準備室でミシンを借りて、ようやく衣装が完成したところだ。ちなみに、しっかりクラシカルなメイド服である。黒いシンプルなワンピースに装飾を付けるだけでなかったら、手伝ってもらっても間に合わなかったかもしれない。

 姫芽はほうっと息を吐いて衣装を畳んで袋に入れた。それから、隣で片付けまで手伝ってくれている美紗に向かってぱんと勢いよく手を合わせる。


「美紗ちゃん、本当にありがとう!」


 額が机にぶつかる直前まで、思いっきり頭を下げる。

 美紗がひらひらと手を振った。


「いやいや。私は趣味でもあるから大丈夫だよ」


「でも、美紗ちゃんがいなかったら間に合わなかったよ……」


 普段から裁縫に慣れていない姫芽が、完成させられる筈がない。人によっては母親に頼んだりもしていたようだが、姫芽の母親は仕事をしていて、とても頼める状況ではなかった。

 美紗が姫芽の言葉ににっこりと笑った。


「当日は一緒に頑張ろうね」


「うん!」


 お喋りをしながら片付けをしていると、時間はあっという間に過ぎる。気付けば外は茜色に染まっていて、窓から西日が差し込んでいた。

 そのとき、がらがらと音がして、準備室の扉が開いた。背中を向けていた姫芽より早く、美紗がその来訪者に気付く。


「──あれ、園村くん?」


 はっと振り返ると、そこにはこの一週間で見慣れた櫂人の顔があった。クラスの方に顔を出していたようだったが、何かあったのだろうか。

 姫芽が首を傾げると、櫂人は時計を指さす。


「二人ともお疲れ様。姫芽ちゃん、もう完全下校の時間になるから知らせに来たよ」


 その指を追いかけて姫芽が準備室に備え付けのクラシカルなデザインの時計を見ると、完全下校の時間まであと十分を切っていた。


「あれ、もうそんな時間っ?」


「あっという間だったねー」


 姫芽と美紗は、知らせてくれたことに礼を言い、片付けが終わった準備室から出る。

 クラスの準備は殆ど終わっていて、後は明日の朝、仕込みをするだけになっていると櫂人が教えてくれた。

 結局、姫芽は途中だけしか関われなかった。

 こんなことになるなら、裏方で紅茶や菓子等を用意する方が良かったかもしれない。いや、それも失敗したらとんでもない迷惑になってしまうから、避けた方が無難だろうか。教室に荷物をとりに向かう道すがら、姫芽はそんな取り留めのないことを考えていた。

 鞄を取って、教室を確認する。発泡スチロールと段ボールで作ったレンガの壁は、なんとなく重厚な雰囲気が出ているような気がする。美術部と漫画研究部の生徒が協力して装飾した黒板には、喫茶店のメニューが書かれていた。

 教室は端の方が仕切られていて、その向こうには紅茶と食事を用意するための厨房が用意されている。

 こうして完成した装飾を見ると、余計に明日が楽しみになってくる。姫芽はわくわくする気持ちのまま、弾む足取りで廊下を歩いていた。

 各教室前には、看板や受付の机が並んでいる。どれも色とりどりで、普段の学校とはまるで雰囲気が違った。特別教室は部活の出し物に使われるらしく、化学部の実験教室や、写真部のコスプレ写真館等、面白そうなものがたくさんあった。

 野球部は、校庭で気球を上げるらしい。廊下の窓から見える校庭に、目印の白線が引かれている。


「そういえば、園村くんは部活って何か入ってるの?」


 姫芽は、ぶらぶらと鞄を揺らしながら少し後ろを歩く櫂人に問いかけた。文化祭の準備で関わるうち、最初のぎくしゃくとした感じはなくなってきている。姫芽がちらりと振り返って視線を向けると、櫂人と目が合った。


「俺は帰宅部だよ」


 櫂人が、さらりと表情を変えずに答える。


「そうなんだ。運動とか得意そうだから、ちょっと思っただけ」


「いや、……ええと、バイトが忙しいから」


 適当に返した姫芽の言葉に、何故か急に櫂人の歯切れが悪くなる。姫芽はなんとなくそれ以上追求してはいけない気がして、前を向いた。

 すると、姫芽と櫂人の会話を引き継ぐようにして、美紗が口を開く。


「そうなんだ。園村くんのバイトって──」


 丁度そのとき、三人は昇降口に着いた。自然と会話は途切れ、美紗が自分の靴箱を開けに行く。それを目で追っていた姫芽がふと向かい側の自分の靴箱を見ると、櫂人が勝手に開けて姫芽のローファーを取り出し、几帳面に並べていた。

 姫芽は驚いて、慌てて櫂人に駆け寄る。


「待って、園村くん。なんで私の靴並べてるの!?」


「どうぞ、姫芽ちゃん」


 しかし櫂人は何でもないというように手で靴を指し示し、姫芽に履くように促している。


「どうぞじゃなくって」


「ほらー、早く帰れー」


 更に言葉を重ねようとした姫芽を、通りかかった先生の声が遮る。勢いを削がれた姫芽は、仕方なく出されたローファーを履いた。

 少し屈んで踵に引っかけ、とんとんと床に打ち付ける。


「じゃあ、姫芽ちゃんまた明日ねー!」


「また明日ー!」


 校門前にバスが見えて、それに乗って通学している美紗は、急いで帰りの挨拶をして、走っていってしまった。姫芽は小さくなっていく背中に手を振って、上履きをしまおうと振り返る。

 と、そんなことをしている内に、姫芽の上履きが無くなっていた。はっと顔を上げると、櫂人が上履きを勝手に靴箱に戻している。


「ちょっと、園村くん!?」


 流石に、ついさっきまで履いていた上履きを異性に触られるのには抵抗がある。姫芽がはっきりと文句を言う前に、さっさと自分の靴を履いた櫂人が姫芽の鞄を取り上げてしまう。


「行こう、姫芽ちゃん」


「ちょっと、誰かに見られたら……!」


 姫芽は、歩き出した櫂人の背を追いかけた。隣まで追いついたところで、誰もいないから大丈夫、と櫂人が小声で言ってくる。

 確かに今この場所には、姫芽と櫂人以外に誰もいない。しかしだからといって、何も持たずに歩くのは落ち着かない。しかも出会ってまだ少ししか経っていない相手だ。


「いや、自分で持つから」


 姫芽は櫂人から自分の鞄を奪って、歩く速度を上げた。

 こういうとき、櫂人は従者らしいことをしようとするのだ。姫芽は決してお姫様ではないのだ。魂が同じなんてよく分からないことを、信じるつもりもない。それなのに、櫂人は本気なのだ。

 今度は櫂人が姫芽の後を追ってくる。

 いつの間にか姫芽の口角が上がっていた。しかしそれを指摘する者は誰もいない。

 姫芽自身も気付かないまま、二人の心の距離が少しずつ近付いていた。

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