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嘘吐き・友情3

「やたっ。それで、文化祭の話?」


 歩が前のめりで尋ねてくる。姫芽はその勢いにおされながらも頷いた。


「う、うん。聞いてたんだ」


「聞こえたのー」


 歩が悪気無く言う。姫芽は仕方がないと諦めて、それから歩のクラスは何をやるのかと聞いてみた。


「俺のところはお化け屋敷だよ」


 お化け屋敷も、文化祭といえば定番の出し物だ。装飾を作ったり仮装をしたりと、非日常感があるからだろうか。

 姫芽はお化け屋敷なども苦手ではないので、純粋に興味がある。


「飯島くんもやるの?」


「もっちろん。俺、こわーいドラキュラやるからさ。姫芽ちゃんと美紗ちゃんも来てよ」


 姫芽は、やはり歩はそういう仮装をするのかと思った。だって、ミイラ男のような格好をするようなキャラには見えない。とはいえきっとこの性格ならばクラスでは人気もあるのだろう。と考えると、ドラキュラは非常に合っている気がする。


「い、行く。行きます!!」


 姫芽が返事をするより早く、美紗がまだ赤い頬で頷いた。

 三人の会話が一段落したところで、それまで黙って何かを思案していたらしい櫂人が不意に口を開いた。


「──姫芽ちゃんは、クラスに早く馴染みたいの?」


 かと思えば、質問するまでもないことを真面目な顔で聞いてくる。馴染みたくない筈がないだろう。

 今の姫芽にとって、文化祭は最高のチャンスだ。一緒に行事の準備をして、距離を縮めるのだ。

 最初こそ後ろ向きに考えてしまったが、もう姫芽は前を向いていた。いつまでもうじうじしている性格でもない。切り替えが早いのは、姫芽の特技(自称)だ。


「当たり前でしょ。スタートで失敗しちゃったし」


 姫芽の言葉を聞いて、櫂人はふわりと笑った。正面から目が合って、うっかり姫芽の鼓動が高鳴る。こんなとき、イケメンは不公平である。


「それなら。俺に任せてくれて良いよ。願いを叶えるのも、従者のつとめ……い、いや。友達だから!!」


 途端に残念になってしまった。

 姫芽は苦笑して、それでも小さく、ありがとう、と言った。櫂人のお陰で、今日の朝は乗り切ることができたのだ。その点については、とても感謝している。

 ただ、すらすらと作り話が出てくるなあ、とは思ったが。


「私もいるから、大丈夫。一緒に楽しもうね」


「ありがとう、美紗ちゃん……!」


 美紗が姫芽に笑いかけてくれる。それだけで、姫芽はもう大丈夫なような気がした。





 さて、始まった文化祭準備はといえば。

 初日こそ姫芽は遠巻きにされていたものの、櫂人がそれとなく引き込んでくれたことをきっかけに、すっかりクラスに馴染めていた。春からずっと同じクラスだったかのような溶け込み具合である。

 姫芽もそれ自体は何の問題もない。むしろ非常にありがたいのだが。


「ひめ様ー、これ、そっちにお願い!」


 装飾を完成させた女子が、手が空いていた姫芽を呼ぶ。


「はーい!」


 姫芽はすぐにその小道具を受け取った。かと思えば、別の女子から声がかかる。


「あ、ひめ様。メニューのレイアウト一緒にやらない?」


「良いよ、待ってて。これ置いてくるから」


 姫芽は小道具を指示された棚に移動し、メニューのレイアウトを作っているグループに加わった。

 そう、問題はこれだ。

 自己紹介のときに櫂人が倒れたのがあまりに衝撃だったのか、『ひめ様』呼びが定着してしまったのだ。仲良くしてくれるなら構わないが、姫芽自身は様付けで呼ばれるような人間ではないし、呼ばれたこともない。

 櫂人の作り話が原因だったが、結果として希望は叶っているのだから、文句は言えないだろう。


 水曜日になって、文化祭委員の男子が姫芽に話しかけてきた。


「ひめ様、接客と裏方どっちやる?」


 この男子生徒、なんとこれが姫芽との初めての会話だ。当然のようにひめ様と呼ばれているが、姫芽はもう気にしなくなっている。

 繰り返すが、姫芽は切り替えが早いのが特技(自称)なのだ。


「料理とか自信ないから、接客かな。平気?」


「全然平気! むしろ接客嫌がる子もいるから助かるよ」


「嫌がるって、何で」


 男子の言葉に、姫芽は不穏なものを感じた。嫌がる子が多いということは、何か理由があるのではないか。

 しかし姫芽の不安は杞憂だったようだ。男子は首を振って否定する。


「衣装が似合わないーとか、接客嫌いーとか。それで……」


「衣装……」


「あ! 大丈夫! メイド服だけど、ミニじゃないから。うちは正統派の英国風喫茶なの! 三年のメイド喫茶になんて負けないんだから。それじゃあ、後で布と作り方が書いてある紙渡すから。よろしくー」


 男子はそう言って。すぐにその場から逃げるように離れていった。

 それなら、と思ったときには、姫芽は接客で確定ということになっていた。別に文句を言うつもりはなかったのだから、逃げなくても良いではないか。




 そんな教室の入り口に、別のクラスの歩がやってきていた。側に櫂人がいて、作業の手を止めて立ち話をしている。


「姫芽ちゃん、すっかり人気者じゃん」


 歩が安心したように言う。

 櫂人はちらりとそんな歩を見て、小さく嘆息した。


「ああ、そうだな」


 歩は櫂人の言い方に引っ掛かりを覚えたようで、首を傾げる。


「何、なんか不機嫌そう? どうしたよ」


 櫂人がちらりと姫芽を見る。その視線には、何か深い感情が潜んでいるように見える。


「──……俺は、ヒメ様って呼べないのに……!」


「そっちの嫉妬かよ!」


 櫂人の目には、確かに嫉妬の感情が浮かんでいる。

 歩はそんな櫂人に脱力し、壁に背中を預けてうな垂れた。

明日9月2日は、本作の更新をお休みさせていただきます。

3日から再開いたしますので、よろしくお願いします。


【告知】

「捨てられ男爵令嬢は黒騎士様のお気に入り3」が明日9月2日に発売されます。

合わせて明日、本サイト掲載のweb版に番外編を更新します!

更新時刻は2日の夕方頃になると思います。

よろしくお願いします(*^^*)

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