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前世【カインとセリーナ1】




   ◇ ◇ ◇




「──来て、カイン。素敵なところを見つけたのよ!」


 ふわふわと揺れるプラチナブロンドを柔らかな風に靡かせ、幼いセリーナはカインの手を引いている。穏やかな春の午後の日差しが、白いパラソルに反射して眩しいくらいだった。


「お待ちください、セリーナ様!」


 カインがセリーナに振り回されるのは、いつものことだ。互いに十二歳になった今も、それは変わらない。

 カインは眩しさに目を細めながら、セリーナの後を必死で追いかけた。





 代々騎士を輩出している家に産まれたカインは、ようやく剣を握れるようになった頃から王城の騎士団訓練を見学させられるようになった。これはカインの家だけではなく、同じような家の子供は大抵そうだった。そうして幼い内から適性を見て、良さそうな子供を選んで育てるのだ。

 勿論、大人になってから入団試験を受ける者も多い。しかし、少なくとも近衛隊に配属されるような騎士──つまり、貴族籍を持っている家系の者──は、こうして子供の内から教育される。

 そして、カインの家はまさに、そういった家系だった。

 その日は騎士団で模擬戦が行われていた。いつものように観覧席で見学をさせられていたカインは、騎士達の剣捌きに夢中になっていた。家で見る兄達の訓練の剣よりずっと重く、早い剣だった。


「すごい……格好良い……」


 ぽつりと呟いた独り言は、誰にも聞こえていないと思っていた。

 何故なら、仲が良い子供同士は集まって見学している者もいるが、基本的に見学者同士は一定の距離を置いて座らされるからだ。カインは、一人で長椅子に座っている。

 大人になってから、これは実は子供の我慢力と集中力を見ているのだと知った。

 ともあれ、いつもであれば誰にも聞かれない筈の独り言だったが、その日は違った。


「本当ね。あなたのお父様もいるのかしら?」


 ひょいと横に滑り込んできたのは、ドレスを着た女の子だ。女の子は決してカインの集中を遮らない程度の控えめな声で、自然に問いかけてきた。

 異常事態の筈なのに、聞かれたカインに嫌な気はしなかった。何故なら、カインの父親は、丁度今勝利を収めたところだからだ。

 カインは広い訓練場の遠くにいる父親を指さした。そして、弾む声で答える。


「僕のお父様は、今勝った、あの……──え、誰!?」


 途中でその異常事態に気付き、慌てて隣を見る。一人きりだった筈の長椅子には、カインと同じくらいの年の女の子が座っていた。

 波打つふわふわのプラチナブロンドに、宝石のようにきらきら輝いている赤い瞳。リボンとレースがたっぷりついた可愛らしい桃色のドレスは、人形のような容姿の女の子によく似合っていた。

 ばちりと正面から目が合って、女の子はその見た目に相応しくふわりと微笑んだ。


「はじめまして、私はセリーナっていうの。あなたは、副隊長のご子息なのね」


「はい。カインです、はじめまして」


 父親が近衛隊副隊長だと知っているということは、このセリーナという女の子も騎士団の関係者の娘だろうか。女の子がくるなんて珍しいなとカインが考え、聞いてみようとした、そのとき。


「──あ、次の試合が始まるわ」


 セリーナのその言葉で、カインは訓練場に興味を引っ張られてしまった。

 この模擬戦はトーナメントになっていて、勝ち残るとより強い相手に当たるようになっている。ちなみに順位によっては報酬もあるのだが、これもまた大人になってから知ったことだ。

 つまり先の試合に勝ったカインの父親は、より強い相手と当たるということだ。父親を応援する気持ちは勿論あるが、カインはそれより、もっと強い相手同士の戦いが見られることの方が楽しみだった。

 それでも、セリーナを放っておいていいのか、僅かに幼い良心が痛む。


「ごめん、セリーナ。ちょっと集中する!」


「え、あ……そう」


 カインはそう言って、それから試合が終わるまで、本当にセリーナの方を一度も見なかった。可愛らしい女の子よりも、カインにとっては本職の人達の剣の方がずっと魅力的だったのだ。

 セリーナの存在をカインが思い出したのは、模擬戦が全て終わり、団員達が集まって今日の振り返りを始めたところだった。


「あー、面白かった……」


 はう、と息を吐いて、腕を伸ばす。うーんと伸びをして、空を見上げた。いつの間にか夕方になっている。


「良かったわね」


 声に隣を見ると、僅かに頬を染めているセリーナがいた。もしかしたら、夕日のせいでそう見えただけかもしれない。それでも、女の子という雰囲気のその容姿と表情に、カインはようやくどきっとした。

 せっかく話しかけてくれたのに、すっかり放置してしまった。

 カインの父親は何かにつけ、カインに、女の子は大切にしろ、優しくしろと言う。今日のこの行いは、間違いなくセリーナに優しくなかった。


「あ、……ずっといたんですか?」


「大丈夫よ。だって、私も楽しかったもの。それより、副隊長ってやっぱり強いのね」


 セリーナは何でもないというように笑って言う。それから、カインの父親のことを褒めてくれた。

 父親は準決勝で近衛隊の隊長と当たって負けてしまった。そして決勝では、近衛隊の隊長と、騎士団長との対戦だった。騎士団長は大きく、強く、ものすごく格好良かった。

 それでも、カインにとってはやはり父親は特別で、一番格好良いのだ。


「そうなんです! 僕のお父様は、本当に強くて、格好良くて……それで、ずっと僕のヒーローなんです!!」


 カインが力説すると、セリーナは心底面白いというように口元を押さえた。


「ふふ、そうね。──あ、そろそろ終わるかも。また会いましょう、カイン」


 セリーナはすっと立ち上がって、長椅子から離れていく。カインはその背中を見送ってから、視線を訓練場に戻した。セリーナが言った通り、騎士達の振り返りは丁度終わるところだったようだ。解散の号令の後、皆が散り散りになっていく。

 カインの父親は、すぐに観覧席にやってきた。


「どうだった?」


「すっごく格好良かったです。お父様、本当にお疲れ様でした!」


 カインは持ってきていたタオルを渡す。受け取った父親は、汗を拭きながらちらりと長椅子の空席に目を向けた。


「隣にいた女の子は……いや、何でもない。少し待っていてくれ、すぐに着替えてくる。今夜の食事は、シェフがステーキにすると言っていたぞ」


「ステーキ! 嬉しいです! それでは、訓練場の外でお待ちしておりますね」


 カインの頭の中は、途端に大好物のステーキのことでいっぱいになる。だから父親がセリーナの話題を避けたことを、このときのカインは気付けなかった。

 そうして次にセリーナと再会したとき、女の子は『お姫様』としてカインの前に立っていたのだ。

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