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転校・出会い4

「あのさー、櫂人。従者って、普通高校生はいらないんじゃないか? 日本平和だし」


 歩が小さく溜息を吐く。

 櫂人は姫芽の手を離さないまま、歩の方を向く。僅かに眉間に皺が寄って、眉が下がった。


「そ、それは」


 櫂人が言葉を詰まらせ、姫芽の手を離す。自分が言っていることの無茶に気付いたようだ。つまり、前世を思い出したと言いつつ、現実世界の記憶や価値観はしっかり持っている。

 歩は畳みかけるように続けた。


「逆に浮いちゃうって。それに姫芽ちゃんの場合、今問題なのは従者とか護衛とかよりも、友達がいない方だと思うわけよ」


 今度は姫芽が言葉に詰まる番だった。

 友達がいれば、こんなところで独りで昼食を食べたりしないだろうから、冷静になって考えれば誰にでも分かることだ。しかし今の姫芽は櫂人に無茶苦茶なことを言われて割と追い詰められている。

 だから、余計に動揺してしまった。


「……な、なんで飯島くんがそんなこと知ってるのよ」


「俺、女の子の噂には結構詳しいんだよねー」


 歩がにいっと口角を上げる。

 櫂人はそれを聞いて、心底分からないというように首を傾げた。


「でも、何で友達ができないんだ? 姫芽ちゃんなら、簡単に作れそうだけど」


「そ……園村くんのせいでしょう!?」


 姫芽はつい声を荒げてしまった。

 クラスメイト達は姫芽と櫂人のことを様々な形で噂していた。噂の中には、姫芽がかつて櫂人を苛めていたとか、子分にしていたとか、あるいは姫芽がとんでもないお金持ちだとか、そういうものもあった。

 どれを事実だと思っていたとしても、姫芽に進んで近寄りたいと思う人はいないだろう。


「お、俺?」


「そうよ! 園村くんが私の名前呼んで倒れたりするから、変な目で見られて……そういうの気にしない子まで、私に声掛けづらくなっちゃったんだから! だから、今日だって、こんなとこで独りでお昼食べて……」


 話している内に、どんどん情けなくなってきた。

 姫芽だって、知らない土地で、知り合いもいない中、どうにか溶け込もうと必死だったのだ。

 一方で、姫芽の顔を見て突然倒れてしまった櫂人を心配していないわけでもなかった。だからこそ、素直に心配できない自分を嫌いになってしまいそうで、怖かった。

 それでも友達ができない現状は、姫芽だけの力でどうにかすることもできなかったのだ。

 寂しさと自己嫌悪という名前のその感情と、向き合う覚悟は姫芽にはなかった。


「それは悪かった。ごめん」


 櫂人が姫芽の目を見て頭を下げた。

 姫芽は、悲しくなってうな垂れる。謝られても、起こってしまった事実は消せないのだ。


「謝られたって今更──」


「──責任をとって、俺が姫芽ちゃんの友達になろう」


「はあ!?」


 慌てて顔を上げると、櫂人は真面目な顔をして正面から姫芽を見ていた。

 言葉を疑うにも、その瞳はあまりにまっすぐに姫芽に向けられている。そこにある輝きがあまりに透き通っていて、姫芽はつい否定の言葉を忘れてしまった。

 その隙を突いたように、歩がはいっと勢いよく手を挙げる。


「あ、それいいねー。俺も俺もっ」


 櫂人が歩をちらりと見て、何かを考えるように右手でこめかみを触る。それから、ゆっくりと息を吐いて、笑顔を浮かべた。


「歩は付き合いやすい人間だから、安心してくれ。これで、友達が二人できたな」


「そんな単純なこと……?」


 姫芽は櫂人の輝かんばかりの笑みを引き攣った顔で見ていた。そんな姫芽に構わず、櫂人も歩も嬉しそうだ。

 櫂人が握手の形で右手を差し出してくる。


「俺も、友達なら側にいても問題ないんだろう? 従者になれないなら仕方ない、友達で我慢する」


「そういう理由!?」


「あ、従者の方が良ければ、いつでも言ってくれ。前世の俺はその方が喜ぶだろうから」


「是非友達でお願いします」


 姫芽は慌てて櫂人の右手を取って、握った。すぐに櫂人が握り返してくる。

 友達になるのに握手をしたことなど、姫芽は過去に一度もない。そもそも友達は、なろうと言ってなるものでもなかったような気がする。

 それでも、姫芽は心が僅かに暖かくなるのを感じていた。


「即答か」


 櫂人が少しだけ残念そうに言う。どうやら、友達よりも従者の方が良かったようだ。

 歩が、そんな櫂人を見て吹き出した。


「ははは、当たり前じゃん。なんか、今の櫂人もこれはこれで面白いかもー?」


「私は面白くないですけど!?」


 姫芽にも友達はできたらしいが、内一人は従者希望で、前世の記憶とかよく分からないことを言っている。もう一人は、そんな状況にも笑うばかりだ。

 そして、女友達はまだ一人もいない。


「まあよろしくねー」


「これからよろしく」


 目の前では、櫂人と歩が笑顔を浮かべている。それを見ていると姫芽も毒気を抜かれてしまって、うっかり溜息を吐いて苦笑した。

 櫂人が姫芽の右手を、握手の形からそっと掲げるように持ち替える。その甲に、そっと柔らかな唇が触れた。姫芽が止める隙もなかった。

 気付いて慌てて手を払う。


「なんで流れるようにキスするの!?」


「いや……これは無意識で」


 櫂人がすうっと目を逸らす。


「ここは日本だから! 園村くんだって分かってるでしょう?」


「……ああ」


 返ってきた言葉は、心からの言葉というよりは、渋々というようなものだった。姫芽は仕方がないと首を振って、それからわざと厳しい表情で櫂人を見据える。


「それじゃあ、気軽にそういうボディタッチはしないで。次したら絶交だからね」


「絶……交……っ!?」


 櫂人は本当にどうしていいか分からないというように、目を見張ってぴしりと固まった。

 そんな櫂人の肩を、歩がばしばしと叩く。


「はは、姫芽ちゃん超面白いじゃんー」


 歩の顔には、もう見事に櫂人と正反対の、満面の笑みが浮かんでいる。

 姫芽は、色々と間違えてしまった予感をひしひしと感じながら、目の前の二人をどこか諦めたように眺めていた。

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