転校・出会い3
「本人って言われても……」
姫芽はちらりと櫂人に目を向ける。本当に、どこから見ても綺麗な人だ。そう、こうして直立不動で、気を付けの姿勢を崩さずにいても。
姫芽は歩に視線を戻して、問いかけた。
「あの、飯島くんは、園村くんとお友達なの?」
「俺? うん。小学校からずーっと一緒だよ」
小学校から一緒なら、それはほぼ幼なじみと言っていいだろう。姫芽は、歩が櫂人について詳しいに違いないと確信した。
姫芽にはまずどうしても確認しなければならないことがあったのだ。
「園村くんって、その……厨二病なの? 正直、こんなイケメンが厨二病ってすごい痛々しいんだけど」
「違えよ! あ、いや。これしか見てないとそう思うわな……いいか、櫂人はな。すげーモテるけど女に興味なさそうで、勉強も運動もできるけど鼻にかけてない、めっちゃ良いヤツなんだよ!」
歩が前のめりに反論する。
姫芽はその熱量に少し引いた。男友達に対しての弁解としては、少々行き過ぎな褒め言葉だ。
本人を前にしてこんなことを言う男子生徒を、これまでに姫芽は知らない。まして第一印象が『軽そう』だった歩に言われると、余計に違和感があった。
「べた惚れじゃん……」
姫芽はここにきて、比較的まともそうだと思っていた歩に対しても、変な人なのかもしれないという疑いを持った。
櫂人が照れたように苦笑する。
「歩、過大評価だって」
「あ、普通だ」
その態度は本当に普通の高校生で、姫芽は少しだけ安心する。どうやら櫂人は変な人だが、頭のおかしい人ではないらしい。
「俺には普通なんだ。でも、姫芽ちゃんの名前を出すと──」
「いくら歩でも、姫芽様を軽々しく呼ぶな」
「ほらねー?」
歩が呆れたようにひらひらと手を振った。
姫芽はこのままでは埒が明かないと悟った。現状を理解するには、まず櫂人の意見を聞くべきだろう。
「あ、あの。園村くん?」
「なんでしょうか、姫芽様」
「ちょっと話が見えないんだけど、最初から、詳しく教えてくれない? それと、敬語と様付けも、止めて欲しいなー、なんて。ほら、飯島くんみたいに、姫芽ちゃん、で。お願い!」
姫芽が精一杯優しく聞こえるようにと意識して出した声は、どこか上滑りだった。慣れないぶりっ子などするものではないらしい。
櫂人が眉間に皺を寄せ、それから仕方がないというように溜息を吐く。
「……それが、姫芽さ、ちゃんのご要望でしたら。善処するよ」
まだ違和感はあるが、大分ましになったように思う。櫂人の姿勢も直立不動から、僅かに崩したものに変わった。
とりあえず立ち話もなんだと、歩の提案で皆で地面に座ることにする。姫芽は最初から座っていたので、櫂人と歩が近くに腰を下ろした。
姫芽は少しでも冷静に話を聞きたいと、買っていたペットボトルのスポーツドリンクを一口飲んだ。額の汗を拭おうと腕を持ち上げると、櫂人が当然のようにタオルハンカチを差し出してくる。
あまりに自然に差し出されたため無意識に受け取ってしまった姫芽は、他人のハンカチを使う気になれず、なんとなく膝の上に置いた。使わずにすぐに返すのも失礼な気がしたのだ。
姫芽は折りを見て返そうと決め、櫂人に話すよう促した。櫂人が何かを思い出すように目を細める。
「あの日、姫芽ちゃんの姿を見た俺は、走馬灯のようなものを見て、高熱を出して倒れた」
「走馬灯!?」
それは死ぬ前に見るものではないか。驚き目を瞠った姫芽に、櫂人が頷く。
「ああ。それで、そこから三日間は熱が下がらなくて、記憶が次々に浮かんでは吸い込まれていくような感覚で過ごして……目覚めたとき、それが前世の記憶だったんだって理解した」
「──……前世の記憶?」
「俺は、前世ではある国の王女様の従者だったんだ」
姫芽には理解できない話になってきた。
どうやら櫂人によると、史実かファンタジーかは分からないが、その王女と従者がいる世界がどこかにあったということなのだろう。やっぱり厨二病じゃないかと疑いを濃くしながら、姫芽は黙って話を聞いた。
櫂人は気にせずに続けていく。
「その従者は護衛も兼ねていて……王女様に忠誠を誓っていた。その王女──セリーナ姫の魂が、姫芽ちゃんと同じなんだ」
「え」
魂って何だ。
姫芽にそんな記憶は一切ないし、これから思い出すつもりもない。まさか高熱を出して厨二病になるなんて話は聞いたことはなかったが、あり得ることなのだろうか。
姫芽がうーんと唸って首を傾げていると、右手を櫂人に取られ、姫芽は驚いて顔を上げた。
一度はしっかり座っていたはずの櫂人が、片膝をついて姫芽の右手をさりげなく捧げ持っている。その姿勢は、まるでお伽噺の絵本の挿絵のようだ。
「どうか私に、従者として、お側で御身を守らせていただきたい」
「はあ!?」
従者としてって何だ。御身を守るって、一体何からだ。
ぐるぐると回る思考が、姫芽の頭を熱くしていった。今の姫芽に分かることは、少なくとも普通に高校生としてこの日本で生きて行く上で、従者も護衛もいらないということだ。
「い、いやあの。護衛とか従者とか、いりませんから」
「じゃあ、どうやって姫芽ちゃんが身を守るっていうんだ!」
櫂人が、この世の終わりのように空を仰いだ。
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