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密談・拒絶2

「……私の名字が櫂人と違うことには、気付いているようだな」


 道人はその言葉から話を始めた。姫芽はただ、黙って聞くことしかできない。櫂人との関係は、誤解されたままだ。


「櫂人と私では、母親が違う。よくある話だ」


 櫂人は父親の本妻との間に産まれた子で、道人は愛人との間に産まれた子だという。

 本妻と結婚する前から恋人がいた櫂人の父親は、恋人との間に子供を作った。それが道人だ。そして政略結婚をすることになった櫂人の母親は、愛人と隠し子である道人の存在を知った上で嫁ぎ、子を生した。


「ここまでならば、私が実家である相川の家にいる方がおかしいだろう。だが、櫂人の母親は、それから数年後に死んだ」


 櫂人の母親は有能な女性で、相川グループの要職に就いていた。そして海外出張に出ているとき、現地で起きた内紛に巻き込まれたのだ。当時、櫂人は五歳だったという。

 それから半年も経たないうちに、道人の母親は後妻に入り、それから少しして、櫂人は死んだ母親の実家に引き取られた。後妻からの虐待も疑われたが、真実は道人も知らない。

 園村の名前は、櫂人の母親の旧姓だ。園村の家は不動産に強く、相川としては仲を拗らせたくなかった。そして櫂人の母親の両親は、亡き娘の忘れ形見を側に置いておきたかった。

 そうして園村の家で生活をしていた櫂人だが、問題となったのはその能力の高さだった。運動、勉強、仕事。何をさせても高い成果を出す櫂人を、いつからか園村の家の叔父達が嫉むようになっていく。

 櫂人はそうして、自身の能力の全てを発揮しなくなっていった。何事も、目立ちすぎないように。一番にならないように。

 櫂人の祖父が病に倒れてからは、余計に家に居場所がなくなっていく。


「園村の家にいづらくなった櫂人は、高校に上がると共に、余らせているマンションを受け取って一人暮らしを始めた。そうなれば、相川の父も黙ってはいない」


 道人は目を伏せ、深く嘆息した。


「私は、相川グループにとって最良の選択には、櫂人が戻ってくることが必須だと考えている。──そして、その未来図に君の居場所はない」


 長い話を終えたとばかりに、道人が顔を上げる。その目は、姫芽の瞳を正面からまっすぐにとらえていた。


「悪いことは言わん。櫂人と別れ、身の丈にあった相手と付き合いなさい」


 姫芽はその視線から逃れることができない。

 ただの女子高生である姫芽には、どうしても受け入れ切ることができない話だった。だって、姫芽にとって櫂人は大切な友人の一人だ。恋心が育ってきている自覚はあるが、それを抜きにしても、黙って聞いていられない。

 やり場のない怒りが、ふつふつと湧き上がってくる。

 道人の温度のない瞳も、今は怖くなかった。怖さを忘れるくらい、感情が昂っている。


「──……嫌です」


 気付けば口に出していた。


「何を言っている」


「嫌です! 私は、園村くんのことを大切な人だと思ってます。こんな……こんな、園村くんの気持ちを無視した話だけ聞かされて、離れるなんて、したくありません!」


 姫芽はそう言って胸を張った。

 まさか断られるとは思っていなかったのか、道人が目尻を僅かに赤く染めている。

 櫂人が辛いと言ったのか。櫂人が、実家に帰りたいと言ったのか。

 道人の話は家の事情や会社の都合ばかりで、櫂人のことを話している筈なのに、その存在を感じなかった。それは、櫂人が一人の人間であることを無視しているからではないか。

 こめかみの辺りが熱くて、どくどくと鼓動が煩い。姫芽にとって大切な櫂人は、決して他人の都合で型にはめられるような人ではない。

 この怒りが姫芽のものでも、セリーナのものでも、どちらでも良かった。


「君に何ができる? 調べさせてもらったが、君は普通の家のお嬢さんだろう」


 道人がふんと鼻を鳴らす。


「私にはちょっとした会社の人事くらい、どうとでもできるが」


 姫芽はその言葉の意味を悟り、すうっと目を細めた。


「どういう意味ですか」


「さあ、何か言ったかな」


 道人はとぼけたように言って、ソファに背を預ける。


「──まあ、君が櫂人を相川の家に戻るように説得してくれるなら、君達の関係を認めてやらなくもない」


 姫芽はぐっと歯を食いしばった。

 道人は姫芽に対して、櫂人と別れるか、櫂人を相川に戻るように説得するかのどちらかを選ばせようとしている。人質は姫芽の家族だということなのだろう。


「それを決めるのは、私じゃないです」


 俯いて、首を左右に降る。強気な態度を崩さないよう気を張りながらも、頭の中ではさまざまな不安が渦巻いていた。

 姫芽はまだ、大きな会社のことも、社会のことも知らない、道人が言う通り、『普通のお嬢さん』だ。それでも、だからこそこの提案が間違っていることはよく分かる。

 ただの脅しだと、思うことしかできない。


「園村くんが決めることに、私が口を出すわけには──」


 姫芽の抗議の声は、勢い良く叩きつけるようにして開けられた扉の音によって遮られた。


「……兄様、何をしていらっしゃるのですか」


 荒い息を隠すこともせずに現れた櫂人の姿に、姫芽は零れ落ちそうになった涙をぐっと呑み込んだ。

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