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デート・家族3

 クリスマスツリーは撤去されているが、夜にはイルミネーションが街を彩っているようだ。街灯の雪を模した飾りはそのままにされている。

 師走の街は、普段よりどこか忙しない。冬休みだからと出歩いている学生達と、年末の仕事納めのために今にも駆け出しそうな速さで移動するサラリーマン。正月飾りの準備をする個人商店の店主達は、どこか楽しそうだ。

 あまりよく知らない街であろうに、櫂人は楽しそうに姫芽の手を引いている。


「姫芽ちゃん、どこか行きたいとこある?」


 櫂人が姫芽に問いかけた。

 しかし勢いで出てきてしまった姫芽に目的地などある筈もない。そもそも、クリスマス会とそれに備えたプレゼントで、正月前の姫芽のお小遣いはあまり残っていない。

 母親が出がけにくれたお小遣いは、昼食用。気に入った物を見つけても買い物はできないのだ。

 姫芽は首を左右に振って、櫂人に質問を返す。


「私より園村くんが行きたいとこあったら」


「姫芽ちゃんは、この辺りはよく来るの?」


「うーん。実は、あんまり知らないんだよね」


 姫芽がこの辺りに引っ越してきたのは今年の八月末だ。

 高校生は忙しい。一番近くにある街とはいえ、あまりゆっくり見て回る機会がないまま今日まで過ごしてしまっていた。

 櫂人が笑って頷く。


「だよね。じゃあ、ちょっとゆっくり見て回ろうか」


「良いの? 時間大丈夫?」


 櫂人が部活に入っていない理由は、バイトが忙しいからだった。学生のバイト先の定番である飲食店は、今がかき入れ時だろう。


「大丈夫。今日はバイト無いから」


 櫂人が近くの雑貨屋を指さす。ハンドメイドの小物を扱っている店のようだ。ショーウインドウには、可愛らしい人形と、性別を問わず使えそうな革小物が並んでいる。


「そっか。じゃあ、お言葉に甘えるね」


「そうして。せっかくだから、楽しもう」


 それから二人は、何件かの店を回った。特に何を買うわけでもなく、ふらふらと服や雑貨、文房具等を見て回る。目的の無い買い物だったが、櫂人も楽しそうにしていた。

 そうしている内に時間が過ぎ、昼食を食べようと、近くのファーストフード店に移動した。季節限定のセットを頼んで、向かい合って座る。

 暖房が効いた店内で、姫芽はほっと息を吐いた。

 とりとめのない話をしていたが、しばらく食べ進んだところで、櫂人が話題を変えた。


「姫芽ちゃん家って、なんか暖かいね」


 櫂人がジュースのカップの表面を指先で撫でながら言う。

 姫芽は家族を褒められた気恥ずかしさに苦笑した。


「そうかな? 普通だと思うんだけど」


「うん。なんか、姫芽ちゃん、って感じがしたよ」


 そう言って、櫂人は目を伏せた。それはハンバーガーを食べるためのものなのか、それとも自分の家族に思いを馳せているのか、姫芽には判断できない。

 思い出したのは、文化祭のときに会ったあの男性。あの人は、櫂人の兄だと言っていた。


「そういえば、その……」


 あの男性は、気になることを言っていた。

 姫芽ははぐらかされるかもしれないことを承知で言葉を続けた。


「園村くんって、実家で暮らしてないの?」


 櫂人は僅かに目を見開いて、それからふっと肩の力を抜いた。


「あー……文化祭のときか」


「うん。聞かれたくなかったら、ごめん」


 姫芽が言うと、櫂人は首を振ってそれを否定する。それから、右手の人差し指を口の前で立てた。どこか表情が硬い。

 秘密の話だと理解した姫芽は、櫂人に顔を寄せる。


「いいよ。──じつは俺、一人暮らししてるんだよね」


「……え? 一人暮らし?」


 その言葉に、姫芽はぽかんと口を開けた。姫芽と櫂人は高校二年生だ。一人暮らしをするにはまだ早い年齢のように思う。


「そう。まあ色んな理由があるんだけど、一番は『兄様』の邪魔にならないように、ってのが理由かな」


 あの文化祭の日の男性は、いかにも厳しい社会人のような見た目をしていた。遠目に見た感じ歳が離れているようだったが、仲が悪いのだろうか。

 確かにあの日の櫂人は、少し様子がおかしかった。


「──……兄弟喧嘩?」


「は、ははは、そうだね。兄弟喧嘩だ」


 櫂人は姫芽の言葉に、不意を突かれたかのように笑う。

 

「でも危ないから、もし姫芽ちゃんが偶然会ったりしても、絶対ついてったりしないで」


「それって──」


「そうだ。ちょっと待って」


 姫芽の言葉を遮って、櫂人がスマホを取り出した。

 少しして姫芽のスマホが震え、メッセージが届いたことを知らせる。

 櫂人に促されて確認すると、それは櫂人からのメッセージで、電話番号と住所が記載されていた。住所には建物名が入っている。部屋番号が四桁だから、きっとマンションだろう。


「俺の家の住所と、スマホの番号。万一何かあったら、連絡して。もしスマホが無くても、繋がらなくても、家に来てくれれば連絡は取れるから。一応コンシェルジュにも伝えておく」


「コンシェルジュ?」


 聞き慣れない言葉に、姫芽が首を傾げる。


「マンションの入り口にいる人。急に来ることになったときには、声をかければ良いから」


 マンションの入り口に人がいる。姫芽のイメージでは、それは高級なマンションだ。

 もしかして櫂人の家はすごいお金持ちなのかもしれないと、姫芽は僅かに身を引いた。もしそうなら、兄弟喧嘩というのは、どろどろの相続争いだったりするのだろうか。だとしたら、非常に怖い。

 櫂人のことが心配になるが、姫芽自身が巻き込まれるのは、もっと怖い。そう思ってしまう自分が、情けない。


「あ、はい」


「何で突然敬語? とにかく、一人で解決しようとせず、頼ってほしいな。良い?」


 櫂人が念を押す。


「……うん」


 姫芽は頷いて、いつの間にか冷えていた指先を温めるようにハンバーガーを両手で持ち、口に運んだ。

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