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前世【カインとセリーナ3】




   ◇ ◇ ◇




 セリーナの従者という仕事は、カインが想像していたものとは全く異なっていた。

 まず、セリーナは王城でじっとしていない。

 王女というものは、城からあまり出ないと勝手に思い込んでいた。夜会や茶会の招待は勿論、被災地の慰問にも行く。そこまではまだ良い。城下を自分の足で見て回りたいと、お忍びでの散策に城からの脱走。人形のような見た目とは裏腹に活発なセリーナに、カインは振り回されていた。

 次に、想像以上に剣が手放せない。

 王女というものは、王城で大切に守られ、近衛騎士に囲まれて暮らしていると思っていた。しかし実際のところ、カインがセリーナの従者になってから、週に一回以上のペースで、暗殺者が差し向けられている。近衛騎士が防いでくれる場合もあるが、セリーナが素直に騎士に守られていてくれないため、結果カインが剣をふるうことも多い。城から脱走した場合のために隠密もついているのだが、側にいるカインが戦わないわけには行かないだろう。ちなみに、食事に毒物を混ぜられることもあるらしい。

 何故セリーナがこんなに命を狙われるのか、カインは知らない。

 そして、これが一番困っていることだが──セリーナはカインにとても気安く接してくれる。

 素敵なものを見つけたらカインと共有しようとし、美味しいものは一緒に食べたがる。お忍びのときも、カインの側は離れない。身支度と入浴、睡眠の時間以外、セリーナはずっとカインの側にいたがった。

 それは従者となったときから変わらず、互いに成人した今もまだ続いている。





 その日もカインは朝食前のセリーナの元に向かった。セリーナの自室でその日の予定を確認してから、食堂まで供をするのが日常だ。

 セリーナはドレスとリネンを片付けている侍女達を横目に、カインに向かって柔らかく微笑んだ。赤い瞳が僅かに細められる。

 丁寧に整えられた髪が、窓から差し込む朝日を艶やかに反射する。レモン色のドレスが、セリーナを見た目だけは大人しい少女に見せていた。


「カイン、今日は薬師のおばさまのところに行こうと思うのだけど、良いわよね」


 セリーナの言う薬師のおばさまとは、城下町に住む薬屋の店主だ。薬学に興味を持ったらしいセリーナが、数年前にお忍びで出会ってから、何かと通って様々なことを習っている。王城ではとてもできない実験を堂々とできると、お気に入りの外出場所になっていた。

 カインは小さなメモ帳を開いて、念の為に今日の予定を確認する。午前中は公爵令嬢のサロンに呼ばれており、夕食前には家庭教師が来ることになっているが、それ以外の予定はない。


「昼食後でしたら三時間程度余裕がございます」


「ではそこで出かけるわ。準備はよろしくね」


「はい」


 カインが頷くと、セリーナは立ち上がった。このまま食堂に行くのだろう。

 セリーナの食事が終わるのを食堂の端に静かに立って待つ。カインの実家の食堂は広いが、王城の食堂はもっと広い。

 政務で忙しい父親と兄、身体の弱い母親。セリーナの食事は大抵が一人だ。

 寂しくないのかとは、とても聞けない。カインがそれを言わせたところで、どうしてやることもできないのだ。



 セリーナは問題なくその日の予定をこなしていった。カインの目から見て、むしろセリーナは決して問題が起こらないようあえて慎重な言動をしているように見えた。

 その推測は正しかったようで、王城に戻ってお忍び用のワンピースに着替えたセリーナの顔は、分かりやすく明るくなった。街を歩く足取りも弾んでいる。とても楽しみにしていたのだろう。

 城下町の中央通りから、横道に入ってすぐ。白い壁の家に簡素な看板がかかっている店がある。セリーナが扉を開けると、からんからんとベルがなって、奥の机に座っていた女性が顔を上げた。


「こんにちは、おばさま」


「おやリーナ。今日は来たのか」


「ええ、来たわ。約束通り、教えてくれるわよね」


 前に来たとき、セリーナは店主から新たな薬品の作り方を教えてもらう約束をしていた。それのことだろう。店主が笑顔で頷くと、セリーナはカインの側まで駆け寄ってきて手を引いた。


「ほら。カインも一緒にやりましょう」


 カインは当然のように握られた手にどきりとする。自分よりずっと華奢で柔らかな手は、出会った頃から変わっていない。カインはさりげなくセリーナの手を外して、店主の側へと近付き、メモ帳を取り出した。

 店主は親切にも、カインにもその薬品の調合を教えてくれた。今日調合しているのは、様々な毒の効果を弱める薬だ。

 カインはメモを取りながら、その薬をできるだけ使いたくないと強く思った。



 その日の帰り道、セリーナはカインの知らない曲を口ずさみながら歩いていた。

 今日の外出では、危険なことはないまま帰れそうだ。空に、僅かに朱が混じってきている。この調子なら、この後の予定も動かさなくて済むだろう。

 穏やかな音楽が、セリーナの口から紡がれていく。その横顔は、例えようもないほどに美しい。


「セリーナ様は、どうしてそんなにも楽しげに過ごしていらっしゃるのですか?」


 カインは、言ってからはっとした。

 しかしセリーナは何でもないというように微笑む。


「あら、ありがとう。私、楽しく生きるのに必死だから、嬉しいわ」


「楽しく生きるのに、必死……?」


 カインは意味が分からず言葉を繰り返す。

 セリーナが王城に目を向けた。この王城は、街のどこからでも見える。


「だって、私の未来は決まっているの。──きっと遠くない内にお母様は亡くなってしまうし、私は誰か知らない人の元に嫁がされるのよ。お父様もお兄様も、これからもお忙しいことは変わらない。……カインとも、いつまでいられるか分からないわ」


「セリーナ様……」


「それでも、私は、誰より幸せでありたいの。他の誰が何と言おうと、私は、いつだって楽しく生きていると胸を張っていたい」


 カインは、何も言えなかった。

 セリーナは、人生を自分で決められない。それは王女の責務の一つだ。誰を好いていようと、なりたい職業があろうと、自ら選択することは許されない。

 カインの胸が強く痛んだ。

 セリーナがいつか見知らぬ誰かの元に嫁いでいく。カインはそんな当たり前のことを、今まで失念していたのだ。


「──素晴らしいお考えです」


 本音を呑み込んだ言葉は、酷くかすれて聞こえた。

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